Vol. 350(2007/3/4)

[OPINION]動物飼育は心の教育に役立つのか?

先日、次のような新聞記事がありました。

日経新聞「動物飼育で優しい子、お茶の水女子大が調査で裏付け」(2007年1月13日)
朝日新聞「学校で動物飼育、教育効果あり 座席譲るなど社会性育む」(2007年1月23日)

短い記事ですのでまずは一読してください。
内容を簡単に書くと
「ウサギやチャボを学校飼育している小学生はお年寄りに席を譲るなど社会性を持つ」
ということです。
この記事を読まれた多くの方は、「やっぱりそうなんだ、動物は教育にいいんだ」と思われることでしょう。
しかし、私はこの調査には疑問を持っています。本当にそうなのか?、と。動物のことをよく知っている私がそう思うのです。ちょっと私の意見を聞いてください。私自身がこの問題についてまだ十分に咀嚼できていないのですが、ざっと以下のようなことを思うのです。


まず、この調査では「動物飼育→良い子」という図式を導き出していますが、これはあまりにも単純すぎないでしょうか?
人間とはもっと複雑なものでしょう。飼育だけで問題が解決するなら飼育だけやってください。教育とはもっと広範で総合的なものであり、単一要素だけが万能の効果を発揮するものではありません。動物飼育に効果があるとしてもそれは限定的なものであり、他にも代替できる方法・手段はいろいろとあるでしょう。
動物飼育が万能だと考えるのは、「納豆ダイエット」や「頭が良くなる音」を信じるのと同じレベルの思考です。

この調査の結果は、格段に効果があるというほどの数値ではないように思えます。この程度の効果では「やらないよりやった方がいいかもね」というレベルではないでしょうか。効果があるとしても、それは絶対的なものではなく、また、逆効果もありうると考えた方がいいように思います。

また、この調査には1年をかけていますが、その間の他の影響要素は考慮されているのでしょうか。例えば、動物飼育していた子どもたちの学校はボランティア活動や地域活動に熱心だった、とかそういった影響です。

この調査で気になるのが、「動物飼育→良い子」が「動物好き→良い子」という図式に簡単にすり替えられそうなことです。この調査では、動物の好き嫌いは考慮されていない点に注意してください。動物が嫌いでも、世話をすることで教育効果が現れるかもしれない…とは言えるかもしれません。しかし、おそらくかなり多くの人は「動物好き→良い子」と誤読してしまいそうです。
さて、「動物好き→良い子」と誤読した場合、ちょっと困ったことが起こりかねません。つまり、「動物嫌い→悪い子」という図式も簡単に導き出されてしまうのです。
そんな単純なモノサシで人間を測っていいんですか? 動物が嫌いな子は社会的に問題があるとでも言うのでしょうか。
動物の好き嫌いは嗜好の問題にすぎません。動物が嫌いな人にも立派な人はいます。一方、イヌやネコを飼っている人でも変な人はいっぱいいるのです。

もうちょっと突っ込むと、「動物」とはどんな動物でもいいのか?という疑問もあります。
例えば、ゴキブリを飼えば「良い子」になるのでしょうか? ヘビを飼えば良い子になる? クモを飼えば良い子になる? ミミズは? ムカデは?
それから、ゴキブリが好きな子は「良い子」なのでしょうか? ヘビが好きな子は良い子? クモが好きな子は良い子?…
私は、ゴキブリでもヘビでもクモでも何であろうと差別はしませんので、どれを飼っても同じだと思います(教育効果の有無は関係ない)。でも世間的にはこういった動物を飼う子は「変な子」扱いされるのは間違いないでしょうね。
学校で飼育される動物がウサギとかニワトリとかといった無難な動物になってしまうのは、確立された飼育方法とか、飼いやすさといった点から、まあ、妥当なものと言えます。でも、そういう動物は「良い動物」であり、ゴキブリやヘビやクモが「悪い動物」のように見なされるのはちょっといただけません。教育的な視点で言えば、あらゆる生物の存在には善悪などなく中立的なものであるということを教えねばならないと思うのです。良い動物・悪い動物というレッテルは人間側の都合から来ているということを忘れてはいけません。「害虫・害獣」というものも人間側から見たレッテルにすぎません。

さて、調査の話に戻しますと、この結果を受けて学校が動物飼育をやりだした時、一番迷惑に思うのは動物が好きになれない子どもたちでしょう。動物が好きになれない人がいるのは不思議なことではありません。好きな人もいれば嫌いな人もいる。好きになれ、と強制できることではありません。それでもいやいやながら動物の世話をさせられるのは、本当に教育効果があると言えるのでしょうか? 「嫌なことでもノルマはこなせ」という社会教育になっているという理屈はあるでしょうがね…(笑)。

そしてもうひとつ、動物福祉の問題です。学校ではいろいろな動物が飼われていますが、その動物たちの待遇は万全でしょうか? この問題は以前にも取り上げましたが、学校の動物たちは必ずしも十分な世話がされていません。例えば、お休みの土曜日曜は食べ物も与えられず、飼育小屋の清掃もされず…あるいは適切な食物や寝床も与えられず、飼育環境も不適切…などなどという事態があります(もちろん適正飼育が行われている所も多いことと思います)。
動物を飼うのなら、教育効果云々の前に、動物を適切に飼育できるかどうかをまず検討すべきでしょう。教育効果が動物のストレスによって得られるものだとすれば、それは本末転倒だと思うのです。子どものためなら動物が犠牲になってもいいのですか?


あまり考えがうまくまとまっていませんが、私が言いたいのはだいたい上に書いた通りです。
安直に動物飼育に飛びつかないでほしいです。そして、飼育するならば動物の福祉もきちんとサポートすること。それができないならば飼わない方がずっといいのです。

学校飼育を意義付けるのならば、
・動物飼育の大変さを学ぶ
・生命を預かることの重要さを学ぶ
ということで十分ではないでしょうか。安直にペットを買う(飼う)人が多い最近の風潮の歯止めになることを私は期待したいです。

「動物飼育→良い子」ではまるでどこかの情報番組並みの低レベルに見られても仕方がないように思います。


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