Vol. 366(2007/6/24)

[今日の動物探偵!]本所七不思議の謎を解く!その1

注意
タイトルに「動物探偵」という言葉を使っていますが、私の本職は動物探偵ではありません。また、動物関係の事件を無条件に扱っているわけでもありません。特に、迷子ペットの捜索は一切やりません。動物探偵の仕事もタダでやっているわけではありません。ギャラは高いです。

動物探偵はヒマである。
だから過去のミステリーなどに挑戦しようなどと思ったり思わなかったりする。過去といっても本所七不思議は江戸時代のミステリーだから昔過ぎるのだが…。


「本所」とは、東京都にある地名で、現在も墨田区に町名が残っています。江戸時代の本所は現在の本所よりも広い範囲を指していたようです。
江戸時代以前の歴史は省略するとして、本所は江戸時代前期には武家屋敷の町として開発されていきました。赤穂浪士の討ち入り(1702年)で知られる吉良邸も本所にありました。一方で、古くからの農村の風景も残っていたようです。
そんな本所で語られたのが「本所七不思議」です。詳しくはwikipediaに載っていますのでご覧ください(wikipediaを参照するというのはどうも気が乗らないのですが(内容の統一性、一貫性に疑問があるため)、他にいいページがないので紹介します)。

本所七不思議はつまりは怪談話と言えるものです。一番有名なものは「置行堀(おいてけぼり)」で、これは児童書にも載っていたりするのではないでしょうか。

さて、今回の動物探偵の仕事はこのミステリーを動物学的に解明することです。ただし、七不思議の中には動物とは関係ないものも含まれていますので、そういうのはパスすることにします。


最初の事件は「置行堀(おいてけぼり)」です。
事件の概要は「堀で釣りをしていたら、どこからか「置いてけ〜」という声が聞こえ、驚いて逃げ出すが、気がつくとカゴの中の魚が消えていた」というものです。カゴは現場に置いたままで逃げて、後から戻ってくると中身が消えていた、というバリエーションもあります。
カゴの中の魚が消えたのは、走っている途中で落っことしたのでなければ、何者かが盗み取ったものと推理されます。水辺にいて魚を好む動物といえば…イタチ(ホンドイタチ)そしてカワウソ(ニホンカワウソ)が容疑者として挙げられます。ニホンカワウソは現在では絶滅確実な動物ですが、かつては明治初期でも東京湾沿岸で見られる動物でした。
魚をこっそり盗むなら小柄なイタチの方が適任でしょう。釣り人が昼寝でもしていればカワウソでも盗めたことでしょう。問題は「置いてけ〜」という声の主です。イタチまたはカワウソの鳴き声というものを私は知らないのですが、怪談話から想像されるような低いおどろおどろしい声を出せるとは思えません。寝ぼけた釣り人が動物の声に驚いて逃げ出した、というのが真相なのかもしれません。噂話の常であるように、単純な話に尾ひれがついて怪談話に変化していったと考えることができるでしょう。


次のミステリーは「送り提灯」。
この話は、「夜道を歩いていると、前方に提灯の明かりが見えた。誰かがいるのかと思って近づいても追いつくことはできず、いつの間にか見知らぬ所に出てしまった」というものです。前方ではなく後方に明かりが見えるバリエーションもあります。
これはズバリ、タヌキの仕業です(あっという間に事件解決(笑))。
タヌキ、あるいはネコやキツネでもいいのですが、たいていの夜行性の哺乳類の眼球の網膜の奥には「タペタム」という反射層があります。目に入ってきた光をタペタムで反射させ、網膜で受け取る光量を増加させるのです。つまり、夜間のかすかな光を効率良くとらえるための仕組みなのです。例えば、夜、ネコに向かって懐中電灯の光(あるいは車のライト)などをあてると、目で光が反射して明るく見えます。「送り提灯」の場合は、人が持っていた提灯の光がタヌキの目で反射しているのが見えた、というわけです。
「タヌキなら姿ぐらい見えたのでは?」という疑問があるかもしれませんが、江戸時代の夜はとても暗かったということを忘れてはいけません。当時は電気も街灯もなければガス灯もなく、夜は提灯に頼るしかありません。月夜ならまだしも、闇夜の晩ではちょっと離れてしまうと何も見えなくなったはずです。
「明かりに追いつくことができない」というあたりもタヌキらしい話です。この話をタヌキ側から見てみるとこうなります。道端で食べ物を探していたら、提灯を持った人間がやって来た。タヌキは人間を避けるように距離を保ちながら道を歩いていった。…という具合になります。人間にとってはいつまでたってもタヌキに追いつけないわけです。そしてそのままタヌキについていけば、見知らぬ所に行ってしまうこともあるでしょう。
前方に現れたのはタヌキでしょうが、後方に現れたのは別の動物ではないかと思われます。人の後ろからついてくる動物というと、「送り狼」つまりニホンオオカミが思い起こされます。しかし、江戸時代でも低地にニホンオオカミがいたとは思いにくいので、これはキツネなのかもしれません。キツネは明治初期でも銀座で目撃されているほどで、生息していても不思議ではありません。
この話で思い出すのは「人魂(ひとだま)」のことです。ひょっとしたら人魂の話の大半もタヌキなど動物の目の反射なのかもしれません(別にプラズマを持ち出さなくても説明できるのです(笑))。「狐火(きつねび)」「鬼火」の一部もきっと同じ現象でしょう。
「炎がゆらゆらと宙をただよう」という現在の一般的な人魂のイメージはおそらく歌舞伎から来たものです。歌舞伎では布にアルコール(酒?)をつけて燃やしたものを人魂として使っています。これは江戸時代から使われていたとか。今ではこのイメージが強すぎるため、「タヌキの目の反射が人魂に見えるわけがない」と思われがちですが、江戸時代の暗闇の中では目の反射も十分に恐怖をそそるものだったと思います。


次の事件、「狸囃子(たぬきばやし)」はこういう話です。
「夜、どこからともなくにぎやかな囃子の音が聞こえてくる。どこからの音かと思って探してみてもその場所は見つからない。」
やはり本所七不思議の「送り拍子木」も似たような話で、夜、どこからか拍子木の音が聞こえてくるが、その場所を見つけることはできない、というものです。
これについてはズバリ解説しているページがありましたので、そちらをお読みいただきましょう。

消防防災博物館:調べる-宮澤清治の防災歳時記-

つまり、「気温の逆転層が発生すると、それに反射して遠くまで音が伝わる」という現象なのです。江戸時代は現代に比べると格段に静かだったはずで、小さな音もはっきりと聞こえたのかもしれません。
「狸囃子」と名付けられているものの、実際にはタヌキとは関係のない現象で、タヌキにとっては冤罪なのです。怪異現象はなんでもかんでもタヌキやキツネのせいにされる傾向があるようで、タヌキ・キツネにとっては迷惑な話です。これは江戸時代でなくても現在も続いており、「タヌキに化かされたような」とか「キツネにつままれたような」などという言い回しは今でも普通に使われています。


本所七不思議の謎解明は次回に続きます。

次回記事「本所七不思議の謎を解く!その2」はこちら

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