Vol. 367(2007/7/1)

[今日の動物探偵!]本所七不思議の謎を解く!その2

注意
タイトルに「動物探偵」という言葉を使っていますが、私の本職は動物探偵ではありません。また、動物関係の事件を無条件に扱っているわけでもありません。特に、迷子ペットの捜索は一切やりません。動物探偵の仕事もタダでやっているわけではありません。ギャラは高いです。
前回記事「本所七不思議の謎を解く!その1」はこちら

本所七不思議、今回は「足洗邸(あしあらいやしき)」についてです。

「足洗邸」は、七不思議の中でも最も突飛で不可解な話です。
この話の筋は次のようなものです。

「ある武士の屋敷で、毎晩、天井裏で大きな音がして、毛深い大きな足が天井を突き破って現れ、「足を洗え」と言う。足を洗うとおとなしく天井裏に消え去るが、洗わないと天井裏で大暴れする」

これはかなりシュールな現象です。常識ではありえない、非現実的な事件のように見えます。私も最初はこれは動物には関係のないことと思っていましたが、「天井裏にハクビシンがすみついた」という現代の話を思い出した途端、この謎が解けました。そう、「天井で大暴れする」といえばそれは何かの動物に違いありません。
現在の日本では、天井裏にいる動物といえばハクビシンかアライグマと決まっています。タヌキは基本的に床下に潜り込む動物ですので除外できます(天井に登りやすい条件があれば別だが、そういうのはまれ)。ネズミも天井裏にいる動物ですが、「大暴れ」というほどの足音ではありませんので、これも除外してしまいましょう。

問題は、ハクビシンもアライグマも外来生物だということです。江戸時代の日本にアライグマがいなかったのは確実ですので、アライグマは容疑者から外していいでしょう。となるとハクビシンが怪しいのですが、日本でハクビシンについての確実な生息の証拠が現れるのは1940年代になってからのことです。ただ、それ以前、江戸時代にもハクビシンがいたという説もあるようです。さらにはそれよりも昔にもいたとかいないとかの議論もあるようですが、いずれにせよその由来がはっきりしない動物です。しかしそれでもアライグマが容疑者から外れたならば、足洗邸の容疑者はハクビシンと推理するのは順当ではないかと思うのです。

ハクビシンが真犯人だとして足洗邸の話を読み直すとこうなります。
天井裏に住みついたのはハクビシンだった。ハクビシンはネズミよりも大きな足音で走り回るため住人を驚かせた。ある時、ハクビシンが天井の板を踏み抜いてしまい、天井からぶら下がる格好になってしまった(あるいは天井から落っこちたかもしれない)。それを見た住人は「黒い毛むくじゃらが天井から出てきた!」と仰天した(ハクビシンの体色は黒〜褐色)。この話に尾ひれがついて「毛深い足」などと変化していった。
こう解釈すると、シュールな足洗邸の怪異も、動物学的にすんなりと理解できる話になります。どうでしょう?

この推理の問題点はやはり「江戸時代にハクビシンがいたのか?」ということになります。これを解決するために、もうひとつの傍証を挙げましょう。それは「雷獣(らいじゅう)」という謎の動物(妖怪)のことです。雷獣といってもピカチューのことではありませんよ(笑)。
雷獣の解説は、例えば「Dictionary of Pandaemonium」をご覧ください。

雷獣の特徴は一般的には「雷とともに落ちてくる」というものであり、その姿は「ネコやイヌぐらいの大きさ」「ネコやイタチに似ている」とされています。その他には「ツメが鋭い」「木をひっかく」「木に登る」という話もあります。最初の「雷とともに落ちてくる」というのを除けば、雷獣はハクビシンと一致する特徴を持っていることがわかります。「木をひっかく」とは、木に登った時につけられるツメ跡のことを指しているのでしょう(ハクビシンにとって木に登るぐらいは朝飯前)。
雷獣の正体はイタチ科のテンではないかという説もあります。テンの大きさもネコやイヌに近いのでそうなのかもしれませんが、テンは森林にすむ動物ですので、開発が進んでいた江戸の下町にいたとは考えにくいのです。
(ちなみに、ハクビシンは食肉目ジャコウネコ科、テンは食肉目イタチ科。)

江戸時代以前にハクビシンがいたのかどうかについて証拠があいまいな理由は、「ハクビシンの数が少なかった」「当時はハクビシンという名前が与えられていなかった」からだと私は推測しています。数が少なかったのは日本に来てからの歴史が浅かったためで、そのため名前もついていなかったのではないか、という推論です。「ハクビシン(白鼻心)」という名前は明治以降につけられたのではないでしょうか。それ以前は、めったに見られない、名前のわからない動物であったハクビシンが「雷獣」と見なされていたというわけです。


本所七不思議の謎解きをやってきましたが、「怪異現象」というものは、たいてい科学的に説明できる、というのが私の持論です。動物がかかわる現象ならば、それこそ動物探偵の出番というわけです。

え? まだ他にも七不思議が残ってるって? それらは動物とは関係なさそうなので、他の誰かに任せることにします!(笑)

次回記事「屋根裏の散歩者、ハクビシンとアライグマ」はこちら

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