さて、ここからは自宅に持ち帰っての作業です。
まず、頭骨は少々肉が残っているようでしたので、また植木鉢に埋めておくことにしました。その他の部分はクリーニング作業を開始します。
クリーニング作業の方法は前にも書いた方法と同じで、土や汚れを水で洗い流して、タフデンド(入れ歯洗浄剤)に1晩浸けておくだけです。量が多いので2回に分けて作業しました。下顎骨は、外れやすい前歯を引っこ抜いてから作業します。歯の並び順で混乱しないよう、歯を順番通り紙の上に並べてセロテープで固定し、保管します。こうすれば元に戻す時も安心です。
埋めておいた頭骨は2週間後に再発掘、同じように前歯をはずしてクリーニング作業をしました。
クリーニング作業が終わったら、はずした歯は木工用ボンドで接着します。下顎骨は左右に分かれていますが、これは瞬間接着剤でくっつけます。これで完成です。
今回は死体が新しかったためか、骨になっても生臭いにおいが残っていました。こういうのは消臭剤に活躍してもらいましょう。適当な大きさの箱に骨と消臭剤をいっしょに入れ放置しておくだけです。2ヶ月ほどたって消臭剤が切れる頃にはにおいもだいたい無くなりました。
さて、これで頭骨標本は完成です。この正体が何者なのかいよいよ最終確認です。
まずは写真でご覧ください。
長い鼻面はイヌ科の特徴です。
歯の部分を拡大して見てみましょう。
大きな犬歯は食肉目共通の特徴です。
次は、以前作ったイヌの頭骨と並べてみましょう。
並べてみると、このイヌの頭骨はかなり異様であることがわかります。鼻が短すぎますし、頭蓋も丸っこくなっています。大きさから見てもやはりポメラニアンぐらいではないかとあらためて確認できます。こう見てみると、タヌキの方がよっぽどイヌらしい形をしています。長い時間をかけて品種改良されてきたイヌは、野生からかけ離れた姿になってしまったことが頭骨を見るとよく理解できるでしょう。
頭骨標本は完成しましたが、これだけではその正体はまだわかりません。そこで、ちゃんとした写真資料を使って確認することにしましょう。
今回使用するのは、獨協医科大学による「哺乳類頭蓋の画像データベース(第2版)」です。これは獨協医科大学第一解剖学教室所蔵の骨格標本を撮影したもので、主要な哺乳類が網羅されている画像集です(ネズミからゾウまで含まれます。さすがに大型クジラ類はありませんが…)。これに掲載されている画像と実物を比較して正体を確認するのです。
まず、タヌキの頭骨を見てみましょう。
チェックする点は、全体の形状、頭頂から鼻にかけての曲線形状、歯の形状、縫合線の位置です。縫合線とは、頭蓋骨(頭骨)の個々のパーツがくっついている部分のことです。頭蓋骨は1つの骨でできているのではなく、複数の骨パーツが組み合わさってできています。人間の頭蓋骨を思い出していただくと、細かく波打った線が表面にありますが、それが縫合線です。
手元の頭骨と比較していくと、タヌキの頭骨画像と矛盾する点は見つからないようです。どうやら今回の頭骨はタヌキと判定してよさそうです。
念のため他のイヌ科のものも見てみましょう。タイリクオオカミは日本にはいませんが参考までに。また、上で見たようにイエイヌは品種によって大きさ・形状がかなり異なることがあることも知っておくべきです。
やはり最も近いのはタヌキの頭骨でした。これで結論が出ました。
さて、ついでにイヌ科以外のタヌキ類似動物も見てみることにしましょう。いずれもタヌキとは鼻の長さが明らかに違うことがわかります。特にネコは鼻が短いことがわかるでしょう。
アライグマ(アライグマ科)
ハクビシン(ジャコウネコ科)
アナグマ(イタチ科)
ネコ(イエネコ)(ネコ科)
ということで、今回はめでたくタヌキの頭骨を入手できました。この頭骨も東京都23区にタヌキがいるということの証拠品になります。
この頭骨は講演などの機会があればお見せすることがあるかもしれません。もっと数が集まれば教育用に貸し出すということも可能でしょうが、それはいつになることか。まあ、この頭骨の写真は次にタヌキ本が出る時に載せることを考えたいと思います(出版のあてがあるわけではありませんが…)。
頭骨収集のために、タヌキの死体情報は引き続き集めています。回収しやすい状況の場合や近くに埋める場所がある場合はぜひご連絡ください。