それは4月末のことでした。その日、「タヌキらしい動物の死体を発見した」というメールが届いたのです。
私は「東京タヌキ探検隊!」でタヌキの目撃情報を集めていますが、これは生きているタヌキだけではなく死んだタヌキの情報も集めています。タヌキの死体が入手できれば、頭骨を得ることができるからです。頭骨があれば、今後正体不明の動物死体がタヌキかどうかの比較判別もできますし、教育用に使うこともできます。まず頭骨を得ることは重要なことです。
メールではタヌキかどうかはっきりしないため不安ではありましたが、とにかく実物を見てみることにしました。タヌキではない動物だとしても、比較材料になるので回収して標本にすべきだからです。実際に現場に行ったのはゴールデンウィークの真っ最中。しかも、タヌキ本(「タヌキたちのびっくり東京生活」のこと)の作業も最終段階に近い頃でしたが、そんなことよりも見に行かねばならないことなのです。
私あてにメールをくれたT氏と現場近くで待ち合わせ、死体のある場所へと向かいました。
死体の状況については、詳しく書きすぎると嫌な方もいるでしょうから少々省略して書くことにします。
現場は河原、川の水がかかるような場所です。しかも、この場所は潮の干潮がある場所です。満潮に向かう時間帯では、水は上流へと向かって流れていきます。死体の位置などから、どうもこの死体は川を流されてきたようです。しかし、それは上流からでも下流からでも、どちらから流れてきても不思議はありません。大雨でも降れば上流から流されてくるのは確実ですが、後から気象の記録を調べたところ、最も近い雨の日は4月18日でした。死体の腐敗状況から見ると、それは死亡推定日よりもずっと前のことです。ということは、この死体はそう離れていない場所から流れてきたと考えてよさそうです。この川は少し上流で他県に接しているのですが、そこから流れてくるにはちょっと遠そうです。なぜこういうことにこだわるのかというと、この死体がタヌキならば、それは東京都23区内にタヌキが生息していることの証拠になるからです。23区内にタヌキがいることは既によく知られていますし、写真やビデオも撮られています。しかし、それでも頭骨という直接証拠が得られれば、生息をさらに確実なものとする傍証になります。
死亡推定日は早くても発見の1週間ほど前、4月下旬と考えられました。その理由のひとつは死体の腐敗状況です(詳しく書くとグロそうなので略(笑))。もうひとつの理由はウジの大きさです。死体にはウジつまりハエの幼虫が多数ついていました。また、キンバエ類の成虫がたかっていましたので、ウジはその幼虫と見ていいでしょう。ウジの大きさは小さいもので、孵化からそんなに時間は経っていないようでした。また、大きな幼虫はいませんでした。このことから卵が産みつけられた時期がそれほど前ではないと特定できるわけです。(動物探偵はこれぐらいの推理はできなければいけません!)
さて、次は死体をよく観察してその正体を確認しなければなりません(ここでも動物探偵の頭脳が活躍!(笑))。
死体はほとんどの毛が無くなっている状態でした。これは水につかっている時間が長かったせいと思われます。おかげで、これがタヌキだと簡単に判断することができません。他の形態的特徴に注目しなければなりません。
死体の大きさは小型犬ぐらいのものです。そして4足歩行動物です。このことから、この動物は食肉目と判断できます。こんなにおおきな齧歯目はいませんし、その他にも思い当たる哺乳類は思いつきません。
次に見るべき場所は足の指です。足の指は前後とも4本でした(蹄(ひづめ)ではないことから奇蹄目、偶蹄目も除外できます)。指が4本とわかった段階でこの動物はイヌ科かネコ科のどちらかだと断定できます。その理由は書籍「タヌキたちのびっくり東京生活」の足跡の解説ページをご覧ください。
次は口を確認します。イヌとネコの最大の違いは何かというと、それは「鼻が長い/短い」ということです。つまり、イヌは鼻が長い=口が前後に長いのです。死体の動物の口は長く、これは明らかにイヌ科だと断定できます。
イヌ科の動物ならば、この死体はイヌ(イエイヌ)またはタヌキと考えるのが妥当です。東京都23区内に生息してるイヌ科はこの2種だけだからです。しかし、毛がほとんど無い状態ではどちらか判別できません。死体の特徴をさらに並べると、胴がイヌにしては太めである、残った毛は褐色系、尾は短め、巻き尾ではないらしい、といったことが挙げられます。全体にタヌキらしい特徴なのですが、確実な証拠とはなりません。こうなると頭骨を見てみないと判断できそうにありません。
しかし、死体にはまだ肉が付いています。それを除去する作業は大変です。また、持ち帰るには死体は大きすぎです。そこで、死体は現場に埋めることにしました。1ヶ月以上たってから掘り起こせば、肉の部分は分解されて(ウジや微生物などに食べられて)、骨になっていることでしょう。T氏の協力を得てシャベルで穴を掘り、死体を埋設しました。
それから6週間後の6月中旬。再び私とT氏は現場に立ちました。
間があいてしまったのはお互いの都合のためで、宮本はタヌキ本の作業が完全に終了した直後でした。
埋設場所には目印を置いておいたのでそこを掘っていきます。どういう向きで埋めたのか記憶があいまいなので、慎重に掘り進めます。固いものにぶつかったので「おおっ、頭骨か!?」と喜んだら、ただの石、なんてこともありながら掘り続けました。途中、脚の骨なども出てきましたので、それらも回収していきます。
そしてようやく頭骨にたどりつきました。その形状は鼻が長く、鼻が低い愛玩犬とは明らかに異なるものです。これがタヌキである可能性はますます高まりました。
骨には土がこびりついています。ちょうど河原でもあることから、川の水で土を落とす作業もやりました。ところが! 頭骨(および下顎骨)を水の中でゆすいでいたら、いつの間にか前歯などが無くなっているではありませんか!! あわてて水底を探して回収しました。水は浅く、歯は細長い形なので、よ〜く探せば発見できるものです。また、それぞれの歯が頭骨・下顎骨にぴったり収まる場所は1つしかありませんので、歯さえあれば復元は可能です。これぐらいでく6じけてはいけません。歯は簡単に落っこちてしまうので、作業の時は特に慎重にやるべきです。掘り出した時や、土を落とした時など各作業段階ごとにすべての歯の有無を確認するぐらいの慎重さがあってもいいぐらいです。家で、水を流しながら洗うというのは絶対にやってはいけません。落っこちて流されたらそのまま下水の奈落の彼方に飲み込まれ戻ってくることはありませんから。
さて、頭骨・下顎骨以外の骨ですが、指の骨などは細かすぎて全部回収できそうもありません。また、胴体部分の肉がまだ残っていたため、背骨や骨盤は回収できませんでした。6週間もあれば十分だと思っていたのですが、これでもまだ足りませんでしたね。回収したのは脚の骨、肩甲骨、指の骨の一部、肋骨の一部、背骨1つなどといったものだけにとどまりました。全身骨格の回収は、また別の機会を待つことにしましょう。
残った死体は再び埋設しました。肉の部分は地中の小型生物の食料になることでしょう。
回収した骨は、持ち帰ってさらに作業がありますが、続きは次回へ。
死体の発見報告から、埋設、再発掘までT氏には長期間お世話になりました。本当にありがとうございました。