いきもの通信 Vol.470 [今日の勉強]雑魚の正体はどんな魚? 

Vol. 470(2009/11/15)

[今日の勉強]雑魚の正体はどんな魚?

雑魚(ザコ)という言葉があります。無茶苦茶強いキャラクターが「この雑魚どもが〜!!」などといいながら敵をばったばったと倒していく、そういうシーンを思い出す言葉です。
辞書によると、

(1)いろいろな種類の入りまじった小魚。じゃこ。
(2)小さいさかな。小魚。じゃこ。
(3)あまり大した人物でない人。小物(こもの)。
(大辞林 第3版)

とあります。「雑魚」は何か特定の魚のことを指しているわけではないことがわかります。
ところが、「ザコ」という名前の魚は実在します。

魚類図鑑で魚の学名を調べてみると、明らかに日本語が語源になっている魚があちこちに見つかります。そんな中のひとつに「Zacco」という魚があります。そう、「ザコ」です。その「Zacco」とは和名では「オイカワ属」というグループを指します。そして、そのオイカワ属には次の3種が含まれます。

Zacco platypus (和名:オイカワ)
Zacco chengtui
Zacco taiwanensis

下2種は中国・台湾産なので、国内に生息する「Zacco」の仲間はオイカワだけ、ということになります。つまり、ザコの正体はオイカワのことだったのです。
これで問題はすっきり解決しました。

しかし、よく考えてみましょう。オイカワは体長15cmにもなる魚です。「小魚」というイメージにはちょっと合いません(大きな魚でもありませんが)。本当に「ザコ」とはオイカワのことなのでしょうか。
そこで、「Zacco」という学名がついた由来を調べてみる必要があるでしょう。

日本のオイカワがヨーロッパに初めて紹介されたのは、オランダのライデン博物館のテミンク、シュレーゲル、ドゥ・ハーンによる「日本動物誌」によってでした。この本は1833年から1850年にかけて刊行されましたが、オイカワは1846年に発表されたようです。時は幕末。なぜこのような時期にオランダ人が日本の動物のことを知っていたのかというと、その少し前に日本に滞在していたシーボルトが、多種多様な動植物を収集し、それらをオランダに送り出していたのです。
日本動物誌には、ニホンオオカミ、トキ、オオサンショウウオなど約800種の動物が収録されています。その内容は京都大学電子図書館ですべて見ることができます。

この日本動物誌の中にはタヌキも入っています。これについては次の記事もご覧ください。

[今日の勉強]タヌキとアライグマの長い長い歴史の物語・その2

さて、日本動物誌でオイカワを調べてみると、奇妙なことがわかります。オイカワの学名が「Leuciscus platypus」になっているのです。また、やはり同じオイカワに「Leuciscus macropus」「Leuciscus minor」という学名もつけられています。3つも学名があるのは、当時は微妙な型の違いをそれぞれ別の種類と判断したためで、結局いずれもオイカワのことを指しています。それをおいておくとしても、これらの学名には「Zacco」の名前が見あたりません。
これはどうしたことかと調べてみると、「Zacco」の名が登場するのは1902年で、命名者は「Jordan & Evermann」という2名です。詳細は不明ですが多くの魚類を分類した魚類学者のようです。この時Zaccoの名が与えられたのは「Zacco evolans」という中国・台湾産の魚です(現在では「Opsariichthys evolans」という学名になっています)。
なぜ中国の魚に「ザコ」という名前がついたのか不思議に思われる方がいるでしょうが、1902年当時、台湾は日本の領土だったことを忘れてはいけません。ここからは推測ですが、この魚の採集・調査の過程に日本人が関わっていたのではないかと思われます。その人が「日本では小さい魚のことをザコと呼ぶ」と言ったために「Zacco」の学名がついたのではないでしょうか。

その後、分類の整理があれこれ行われ、Zaccoはオイカワの仲間を指す分類名になったのです。このオイカワ属には最近まで「カワムツ」という魚が含まれていました。しかし研究の結果、別の属に分類すべきということがわかり、つい最近の2008年に新しい属に変更され学名も変わりました。カワムツの以前の学名は「Zacco temminckii」、新しい学名は「Nipponocypris temminckii」です。「temminckii」はライデン博物館のテミンクのことで、命名当時の学名「Leuciscus Temminckii」からずっと引き継がれてきたものです。
また同時に、これまでカワムツの中のひとつの「型」とされてきた魚(「カワムツA型」とも呼ばれていた)は、和名ヌマムツ、学名「Nipponocypris sieboldii」と名付けられました。ヌマムツは日本動物誌では「Leiciscus Sieboldii」とされ(「Sieboldii」とはシーボルトのこと)、カワムツとは別種とされていました。しかしその後、カワムツと同じ種であるとされ、そして21世紀になってから再びカワムツとは別種である、という最初の状態に戻ってしまったのです。ただし、属はカワムツと同じ、よって学名は「Nipponocypris sieboldii」になったのです。種を表す「sieboldii」は、当然シーボルトのことで、最初の記載のものを受け継いでいます。


話はややこしくなりましたが、「Zacco」の名前はもともと日本の魚に対してつけられた名前ではありませんでした。つまり現在の「Zacco属」にオイカワが含まれるとしても、それは日本語の「雑魚」とは結びつかないのです。
私たちの日本語の感覚としても、「雑魚」とは小さな、多種多様な魚というイメージが強いはずです。例えば、網ですくってみると大きな魚に混じって入っている小さな魚、例えばタナゴやモツゴ(以上はオイカワなどと同じくコイ目コイ科)やハゼの仲間(例えばヨシノボリ類)などの方がふさわしいのではないでしょうか。そういったいろいろな種類をひっくるめた総称が本来の「雑魚」であり、特定の魚のことではないのです。


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