Vol. 496(2010/9/26)

[東京タヌキ探検隊!]東京都23区東部でタヌキが増えた?いや、増えていない

NHKへの反論

2010年8月22日のNHK総合テレビ「ダーウィンが来た!」の後半で東京タヌキのことが取り上げられました。この放映部分は今後放映予定のものを紹介する短い形のものでした。が、その内容には問題点があります。以下ではその問題点と宮本の見解を記述します。

※宮本と番組の関係

宮本は当該番組には一切関わっていない。当該番組から宮本に対しての取材もまったくない。
また、当該番組に登場する佐々木洋氏とはタヌキについての情報交換はこの2年間まったく行っていないし、会ってすらいない。佐々木氏が理事長であるNPO法人・都市動物研究会からも宮本は退会している。
2007年〜2009年分を集計した宮本の報告書は佐々木氏、都市動物研究会からの情報を除外した、完全に宮本オリジナルの報告書である。

※用語について

東京都23区の荒川・中川・江戸川下流地域については「東京都23区東部」と呼ぶ。(「東部低地帯」という呼び方もある。)


・番組の問題箇所

ナレーション「さらにここ数年の間に新たな行動パターンも見えてきました。東京23区の西側に集中していた目撃情報が、東側でも相次ぐようになったのです。」
ナレーション「2006年と2010年のタヌキの目撃地点を比べます。すると、東京の東側でも目撃例が増えているのがわかります。」
※当該番組で紹介されたタヌキの分布図は、2006年のものはNHKによるもので(当時は宮本も都市動物研究会も地図を作成していない)、2010年のものは宮本とはまったく関係ない。

・宮本の見解

東京都23区東部でタヌキが増えたという現象は確認できていないし、兆候もない。

・宮本の論拠

宮本によるタヌキの目撃情報収集の集計は東京タヌキ探検隊!のホームページに掲載されている。

東京都23区内のタヌキ、ハクビシン、アライグマの目撃情報の集計と分析(2010年1月版)

この集計では最近になって京都23区東部でタヌキが増えたという傾向はまったくない。また、この調査は現在も続いているが2010年になってからも増えたという傾向はない。
そもそも、目撃情報による生息数の推定は誤差が含まれることを前提に考えなければならない。目撃情報数が増減したとしても、それが生息数と関連するのかどうかは慎重に検討せねばならず、簡単に結論が出せるものではない。

2007年〜2009年での東京都23区東部の江東区、墨田区、足立区、葛飾区、江戸川区の目撃数の合計は16件である。これは全体の4%にすぎない。足立区のうち、定住が明らかな荒川西岸の目撃情報を取り除くと9件しかない。これは23区全体(408件)から見れば非常に少ない数である。情報量が少なすぎるため、誤差も大きいことが予想され、生息数やその増減を断言することは難しいはずである。

テレビで「タヌキが増えた」と言うと、まるで「タヌキが大挙して押し寄せている」「タヌキが大増殖している」という印象を与えかねない。テレビ番組は慎重になってほしい。

・NHKが正しくない理由

NHKがなぜ誤った結論を出したのか推測で述べる。

理由1
「聞き取り調査」は均一な調査方法ではない

NHKが当該番組放映前に、ホームページなどで広く情報収集を呼びかけていた形跡はない。そのため聞き取り調査を行ったのではないかと推測される。
聞き取り調査は東京都23区のタヌキを調べるには適切ではない。なぜなら、短期間に全地域で実行しないと地域間の偏りが生じるからである。タヌキの目撃情報数は季節によって多寡があるため長期間だらだらと調査していては正確さに欠けることになる。そこで、短期間での調査が実行されなければならないが、それには23区はあまりにも広大で、相当のリソース(調査員、時間)をかけなければならない。NHKはそれを実行したのだろうか?

また、NHKの調査方法は全域をまんべんなく調査していないと思われる節がある。というのは、前記報告書にも書いたように、タヌキの目撃情報の分布は西部に偏っており、練馬区、板橋区、杉並区の合計だけで全体の約50%になる。まんべんなく調査すればこれに近い結果になるはずだが、当該番組での2010年の分布地図ではそうなっていない。これは調査方法に問題があると言わざるをえない。

具体的な数字では次のようになる。

宮本の調査(2007〜2009年)では、
練馬区・板橋区・杉並区の目撃情報の割合は50%、
江東区、墨田区、足立区、葛飾区、江戸川区の割合は4%である。

これに対し、当該番組の2010年の分布地図では、
練馬区・板橋区・杉並区の割合は29%、
江東区、墨田区、足立区、葛飾区、江戸川区の割合は23%となっている。

これは誤差ではすまされない、大きなくいちがいである。

NHKの調査では、おそらく東京都23区東部を集中して調べたのではないかと推測される。ある地域を集中して調べれば、そこでの情報が増えるのは当然のことである。しかしそれでは23区全域を均等に調査したことにならず、分布地図も不正確になってしまう。東京都23区東部での目撃情報の増加は見かけ上のものであり、生息数が増えたという意味ではないと考えられる。これまで情報収集から漏れていたものが「掘り起こされた」ということであろう。

以上のように聞き取り調査には問題が多く、宮本は聞き取り調査は現在行っていない。現在主体にしているメールによる情報収集は、偏りなくランダムに情報が集まる利点があり、より正確に分布状況を把握することができる。

理由2
ハクビシンとの混同がある

タヌキとハクビシンはよく似ており、混同のおそれがあることを常に意識しなければならない。動物に詳しい人ならタヌキとハクビシンの区別は難しくはないが、すべての人が詳しいわけではない。ハクビシンを見て「タヌキだ」と考える人は少なくないし、ハクビシンの名前を知らない人もいる。また目撃時刻のほとんどは夜間であるため、なおさら判別は難しくなる。NHKの調査ではハクビシンとの混同が見逃されている可能性も高い。
宮本の調査では比較ページも用意するなどしてタヌキ、ハクビシン、アライグマなどとの混同を減らすようにしている。

東京都23区東部ではタヌキとハクビシンは同規模の生息数があると推測される。そのため、混同か否かを見極めないと誤った結果になるおそれがある。

補足1
NHKの2006年と2010年の調査方法は同じなのだろうか?

調査方法が違う場合は、同等に扱うことは慎重にすべきである。異なる調査方法では「増えた」「減った」とは簡単には言えないはずである。
これは宮本の調査でも同じことである。宮本は生息数の増減については現在の手持ちのデータだけでは推測困難と考えており、ホームページや報告書でも述べていない。この調査研究を10年ほど継続すれば何らかの傾向は見えてくるかもしれない。

補足2
「目撃数=生息数」ではない

メールによる情報収集でも、一部の地域で「この環境ならばタヌキがいるはずなのに、目撃情報が来ない」という問題点を抱えている。生息数を正確に推測することは難しい。(参照:いきもの通信Vol.495「練馬区にタヌキは何頭いるか?/大泉のパラドックス」)

以上のように当該番組の分布地図や生息数推定には疑問がある。どうやって調査したのかNHKは明らかにすべきだろう。そして宮本の論拠に反論できないならば「東京都23区東部で増えている」説も取り下げるべきである。


その他の問題箇所

●番組の問題箇所

「この写真は今年2月、東京の東の端、江戸川区の公園で撮影されたものです。」
(画面上で「葛西臨海公園」と明記している。)

宮本の見解:

葛西臨海公園では以前からタヌキが目撃されている。今年初めて現れたのではない。次のブログを参照のこと。

http://choruien2.exblog.jp/1540422/
(2005年の記録)

●番組の問題箇所

ナレーション「佐々木さんの仮説は、北の埼玉や東の千葉からタヌキが東京へ進出している、というもの。そこには新たな移動ルートがありました。川です。タヌキは川沿いを歩いたり、川を泳ぎ渡ったりして都内に入ってきていると考えられるのです。」

宮本の見解:

(これは番組だけではなく佐々木洋氏への反論でもある。)
まず、タヌキが河川敷や川沿いに生息・移動する可能性はすでに宮本が2006年に「東京都23区内でのタヌキ生息数の推定(2006年6月版)」で指摘済みである。具体的なデータとしては書籍「タヌキたちのびっくり東京生活」などで指摘しており、新しい発見ではない。タヌキが河川敷に生息することは、多摩川や荒川(北千住以北)の目撃情報からも既に明らかである。

もうひとつの反論は「タヌキは千葉県から東京都に来ることはできない」ということである。
なぜなら江戸川によって隔てられているためである。千葉県から東京都に来るには、タヌキは江戸川を渡らなければならない。しかし橋は数が限られ、しかも非常に長いのでタヌキが渡るにはかなりの勇気が必要となる。泳いで対岸に渡る方法も、江戸川は水量が多く、川幅も広いため(都内の江戸川の川幅は少なくとも100mある)これもかなり低い確率だろう。つまり、千葉県から東京都への移動(その逆も)はほとんどありえない。河川敷を移動することと同等に扱うことはできない。
もちろん、川幅が狭くなる上流なら泳いで渡る可能性も増えるだろう。しかしそこはもう東京都ではなく埼玉県・千葉県境になってしまう。
(タヌキは泳ぐことができるため、100mでも泳げないことはないだろう。しかし、わざわざ川を渡らねばならない理由がはっきりしない。なお、最下流の旧江戸川では川幅はずっと狭くなるが、河口域では東京都も千葉県もタヌキの生息数はかなり少ないと推測され、全体への影響は非常に小さいだろう。)

地続きの埼玉県と東京都(足立区・葛飾区)の間をタヌキが行き来している可能性はある。ただし、埼玉県側の情報が少ないため、これもはっきりとしたことは言えない。少ない目撃情報からは、さいたま市以西の荒川河岸にはタヌキが生息しているらしいことが推測される。

●番組の問題箇所

当該番組の主張は「タヌキが外から東京都23区にどんどん来ている」と言っているように聞こえる。

宮本の見解:

「東京都23区には昔からタヌキが定住していた」というのが宮本の説。これも詳細は書籍「タヌキたちのびっくり東京生活」に書いてある。
なぜ「タヌキが23区外から23区内へ来る」と言い切れるのだろうか? 逆に「23区内から23区外へ行く」こともあるはずである。
当該番組は誤った説を軸に番組を構成しようとしているため、さらにいろいろと誤りを重ねているようである。


このように私が反論を述べても、NHKは「そういう説もある」「異なる説に基づいている」などという主張をしそうである。だが、NHKは冷静にそれぞれの論拠を比較検討してほしい。どちらの説も採用し難いならば、それに触れないように番組を構成することは可能なはずである。

東京都23区内での最新のタヌキ情報については
東京タヌキ探検隊!
のページをご覧ください。

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