Vol. 540(2012/3/18)

[今日の勉強]あの動物が来日したのはいつ?

ハクビシンは日本に生息する動物ですが、大昔から日本にいたわけではありません。化石や遺跡から骨が見つからないこと、文献に記されていないことなどから中世以前には日本にいなかったことはほぼ確実と考えられています。
ハクビシンが日本にいることが確実に記録されているのは1945年、静岡県ですが、それ以前から日本に持ち込まれてきた可能性は高いです。
このあたりの事情がはっきりしないのは、ちゃんとした記録が残っていないためでもありますが、記録を調べた人もほとんどいないせいでもあります。推測でしか語れないといのはどうにももどかしいことです。
しかし、最近になって面白い文献を見つけました。

明治前動物渡来年表」(PDFファイルダウンロード)

出典は「慶應義塾大学日吉紀要. 自然科学 (The Hiyoshi review of natural science). No.41 (2007. 3) ,p.35- 66」です。

この論文はタイトルの通り、明治維新前に日本に渡来した動物の記録を時代順に並べたものです。それぞれに出典も記されていますので、オリジナルの記録も探しやすくなっています。
最も古いものは、西暦598年に新羅からカササギを持ち帰った記録となっています。

ハクビシンの記録は1833年。オランダ船が長崎に多数の動物を持ち込んだ中にハクビシンが含まれていました(出典:唐蘭船持渡鳥獣之図)。これが最も古い確実な記録です。
それ以前にもあやしい記録はあります。「麝香」(「じゃこう」と読む)または「麝」という動物の記録がそれです。ただし、ジャコウネコなのかジャコウジカなのか判別が難しい例が多く、体型などで判断しなければなりません。ハクビシンもジャコウネコの仲間です。記録の中の「麝香」の中にはハクビシンも含まれている可能性があります。
最も古いジャコウネコの渡来は1226年、鎌倉時代のことです(出典:明月記)。ずいぶんと古くに渡来していたのですね。江戸時代直前の1590年代にもジャコウネコが渡来しています。このころは南蛮貿易も盛んだったので、ハクビシンが渡来していても不思議ではありません。江戸時代になってからも、1833年以前にジャコウネコが何度か渡来しています。
確実な記録は1833年だとしても、それ以前にも記録に残らなかった渡来があった可能性はあるようです。

私の推測ではハクビシンは江戸時代初期までには日本に持ち込まれていたと考えています。その理由は、以前にも書きましたが「分福茶釜」に登場する「綱渡りするタヌキ」はハクビシンと思われるからです。タヌキは綱渡りできませんが、ハクビシンはできます。
「分福茶釜」の話は鎌倉時代からありますが、現在の形になったのは江戸時代です。「綱渡りするハクビシン」という見世物が江戸時代に実際にあったのではないか、と推測しています。
(以前に書いた「Vol. 511(2011/3/20)[東京タヌキ探検隊!・今日の動物探偵!]分福茶釜の正体はハクビシン!?」もご覧ください。)

「明治前動物渡来年表」はハクビシンだけでなく、いろいろな動物の渡来年がわかるのが面白いです。いくつかの動物の渡来年を紹介してみましょう。

ラクダ 599年(種名不明)
ゾウ(インドゾウ) 1408年
キンギョ 1502年
トラ 1575年
ヒョウ 1595年
ヤマアラシ 1643年(東南アジアに生息するのでそれほど意外ではない)
ダチョウ 1658年(はるばるアフリカから来たのか、あるいはアフリカ以外で飼育されていた個体なのか)
ペンギン(の皮) 1735年(さすがに生きた実物は難しかったか…)
ワニ 1780年
オランウータン 1792年
しろくま 1799年(ホッキョクグマかヒグマのアルビノかは不明)
フタコブラクダ 1803年
ヒトコブラクダ 1821年
ライオン 1865年

インドゾウは意外と何度も来日しています。その中で最も有名なのは、1728年に長崎に到着した個体でしょう。翌1729年には2ヶ月以上かけて徒歩で江戸へ行き、大きな話題になりました。ゾウはそのまま江戸に残り、1742年に死亡しました。このゾウを日本に輸入するよう命令したのは将軍・徳川吉宗だったそうです。
このゾウは江戸に長期間いたために多くの絵図も残されています。実物を見た絵師が描いた絵図は特徴をよくとらえています。それに対して、実物を見たことがない絵師のゾウの絵はどこか変です。例えば、かなりの腕前の葛飾北斎でもゾウの絵は本物らしくありません。北斎は1760年生まれであるため、実物のゾウを見る機会がなかったのでしょう。
インドゾウは1813年にも長崎に来ました。しかし、受け取らずに帰したとのこと。ただし、長崎で実物を見た人はそれなりにいたようです。
1863年には横浜にインドゾウが到着しました。ゾウは江戸へ行き、見世物は大当たりしたそうです。

この年表には動物園の人気者、キリン、ゴリラ、チンパンジーなどは含まれていません。これらはどうやら明治以降に日本に来たようです。

「明治前動物渡来年表」は各種の文献を整理しただけのものですが、誰かがこのようにうまく整理整頓してくれないと全体像はなかなか見えてこないものです。また、個別論でもこのような資料は必要とされます。この年表は出典もわかるのでとても便利です。こういう研究は大々的には評価されないかもしれませんが、とても大事なことです。


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