Vol. 541(2012/4/29)

[今日のいきもの]ペンギンを数える

先日、面白いニュースが報じられました。人工衛星からの画像を使ってコウテイペンギンの生息数を数えた、というものです(朝日新聞2012年4月17日)。
アメリカ、イギリス、オーストラリアの研究チームが高解像度の人工衛星画像を解析し、約60万羽いると推定したそうです。コウテイペンギンを調べるには南極大陸にまで行かなければならず、生息数を正確に調べるのは難しいことでした。これまでは27万〜35万羽とされていたそうですから、実際はそれよりも多かったのです。

人工衛星からコウテイペンギンを調べる、というのはなかなかいいアィディアです。コウテイペンギンは真っ白い雪氷の上にいる黒い鳥ですから、とてもよく目立ちます。ただ、人工衛星から本当にコウテイペンギンを識別できるのでしょうか? 商用衛星(軍用ではない衛星)のカメラの解像度は最近は50cmほどまで達成しているようです。軍用の偵察衛星だと10cmにもなるのではないかと言われています。解像度50cmというのは、そこにコウテイペンギンがいるかいないかがぎりぎり判別できるレベルですので、今回の調査では軍用ほどではなくてももう少し解像度が高かったのかもしれません。この解像度なら、街中に人間がいるかいないかも判別できるでしょう。自動車の車種までもある程度判別できるぐらいの性能です。
この方法を使えば、他のペンギンも数えられるぞ!と思いたくなります。が、そうはうまくいきません。
コウテイペンギンは世界最大のペンギンですので人工衛星から識別することができました。もっと小さい他のペンギンでは識別はできないかもしれません。まあ、これは軍用偵察衛星でも使えば解決できることかもしれません。
もっと根本的な問題として、「雪の上のペンギン」というシチュエーションが成立するのはコウテイペンギンとアデリーペンギンだけということがあります。他のペンギンはというと、岩場にいたり、砂浜にいたり、森の中にいたりします。「ペンギン=氷」というイメージを持っている人がほとんどかもしれませんが、実際のほとんどのペンギンは氷の上にはいないのです。そういった氷以外の場所にいるペンギンでは、人工衛星のカメラの解像度が少々高くても識別することはかなり難しくなります。
では、氷の上にいるアデリーペンギンなら数えられるかというと、これも難しそうです。ペンギンは繁殖期になると多数が集まって「コロニー」という集団を形成します。ペンギンを数えるなら、ばらばらになっている時期よりも、コロニーに集まっている時期の方がずっと調査作業が楽でしょう。ところが困ったことに、アデリーペンギンは氷の上では繁殖しないのです。テレビや本で見たことがある方もいるでしょうが、アデリーペンギンは小石がちらばるような場所で繁殖します。このような場所では人工衛星からの識別は困難です。
以上をまとめると、人工衛星から数えられるペンギンはコウテイペンギンだけ、という結論になるのです。
「よし、じゃあ他のペンギンも人工衛星で数えてみるか!」と思いついた方がいるかもしれませんが、残念でした、それはできそうにありません。

「動物を数える」ということは基本的な事柄のように思えますが実際にはあまり追求されていない分野のようです。1頭1頭を数えていくにはとてつもない労力がかかり、現実的ではありません。ですので生息分布と生息密度から推測せざるを得ませんが、それでは誤差が大きくなってしまいます。それでも生息数を把握しておかないと、いつの間にか絶滅していた、なんてことになりかねません。数の把握は意味があることなのです。
私の調査研究の対象である東京都23区のタヌキ、ハクビシン、アライグマについては私が推定生息数を出しています。実際に数を提示することで、都会の野生動物のイメージがわくのではないかと期待しています。
以前にはスズメの生息数の推定についても紹介しました。
Vol. 443(2009/2/8)[今日のいきもの]日本のスズメの生息数が判明!

「動物を数える」というのはひとつの研究ジャンルとして成り立っていると言えるかもしれません。この研究は、対象の動物について生態などの理解や十分なデータが必要となります。つまり簡単に答えが出るようなものではありません。それだけ挑戦しがいのある研究でもあります。この分野に挑む研究者がもっと出てくることを願います。


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