[東京タヌキ探検隊!・今日の事件]恵比寿タヌキ侵入事件
2013年3月18日夜、渋谷区のJR恵比寿駅近くのバレエ教室にタヌキ1頭が侵入、駆けつけた警察に捕獲されるという事件がありました。まあ、よくあるタヌキ事件ですがいつものように解説をしていきましょう。
舞台となったバレエ教室とは、あの世界的なバレエダンサーである熊川哲也が主宰する一般大人向けのバレエ教室「BALLET GATE(バレエゲート)」で、ビルの地下1階にあります。タヌキが訪問してきたのは夜9時過ぎで。タヌキは自動ドアを通過してレッスンスタジオまで入ったところで職員に閉じこめられてしまいました。そして通報を受け駆けつけた警察に捕獲されてしまいました。
このタヌキは「アタシも熊川様と世界のステージではばたくのよっ!」と思って訪問してきたのかどうかはわかりませんが…。
このタヌキ、なぜ地下へ入って行ったのでしょうか。タヌキが民家の床下に入り込んでねぐらや巣にすることはよくある話です。これまで東京都23区でもそういう事例はいくつもあります。ただ、最近は床下に入れない構造の建物も多いので目立つ事例ではありません。また、床下にタヌキがいても住人が気がつかないこともあるようです。
山林などではタヌキがアナグマの巣穴を利用することがあります。タヌキは自力で穴を掘ることはほとんどなく、アナグマが掘った穴をちゃっかり利用するわけです。タヌキはねぐらとして身を隠せる場所を選んでいるのは間違いありません。ほら穴に入るのはタヌキにとっては自然なことなのでしょう。そういえば2010年の「大手町事件」でもやはり地下1階でタヌキが捕獲されました。
東京タヌキ探検隊!は東京を中心に全国のタヌキなどの目撃情報を収集しています。これまで恵比寿ではタヌキの目撃情報はなく、これが初めての事例となりました。そのためタヌキはこの付近には定住していないと推測されます。タヌキが生活するために必要とする緑地も少なすぎるようです。ちなみにハクビシンは何件かの目撃情報があります。
ですから、19日に日本経済新聞の電話取材を受けた時、私は「タヌキではなくてハクビシンじゃないのか?」と聞き返したほどです。その後、写真で間違いなくタヌキだと確認できました。
そうすると、このタヌキはどこか離れたところから長距離移動してきたらしいと考えられます。その場所は1つしかありません。ひとつ南隣の駅であるJR目黒駅近くの国立科学博物館附属自然教育園(通称・自然教育園)です。ここにはタヌキ、ハクビシンが生息しており、おそらくアライグマもいます。自然教育園とその周辺に生息するタヌキは他のタヌキの定住地から遠く離れており、孤立した個体群だと考えられます。この個体群を私は「白金グループ」と名付けています(「東京都23区内のタヌキ、ハクビシンの生息分布(2010年1月版)」)。
白金グループは都会の真ん中で孤立しているため、絶滅が心配される個体群です。
自然教育園は周囲のほとんどが壁でがっちりと囲われています。そこからタヌキが出入りすることはできません。タヌキが出入りできそうな場所は敷地の南側に限られています。仮に自然教育園の南西側にある上大崎交差点を出発点とすると、現場までは約1.2kmの距離になります。これはタヌキの長距離移動の一例と言えそうです(「東京都23区内のタヌキ、ハクビシン、アライグマの目撃情報の集計と分析(2013年1月版)」の考察1を参照のこと)。
ただ、長距離移動は秋に行われるものであり、春での例はデータベースでは確認できません。秋から何ヶ月もかけて移動してきたのかもしれませんが、他に付近での目撃情報はないためはっきりとしません。食べ物も少ないだろう恵比寿付近で何を食べていたのかという謎も残ります。
ところで報道によると、警察が専門家に問い合わせたところ「元の場所に帰してあげて下さい」とアドバイスされたとのことです(2013年3月20日、読売新聞)。
ちなみに警察からは私に何の連絡も問い合わせもありませんので、この「専門家」は私ではありません。警察はあやしい肩書きのアマチュアは専門家とは見なさないようです(これまでもタヌキ・ハクビシンなどについて警察から連絡があったことはありません)。
このアドバイス、捕獲した場所で放すというのは悪い選択ではありません。ただ、恵比寿には明らかにタヌキの食べ物は少ないので、もう少しいい場所で放してほしいものです。私が推薦するのは元々の生息地であっただろう自然教育園です。ここが現場に最も近い自然環境の豊かな場所だからです。放すには自然教育園の許可が必要になりますが…。
毎度おなじみの、年に1回は発生する、平凡にも見える今回の事件でも、このように語ることはけっこうあるものです。日本経済新聞(2013年3月20日)では私のコメントは「東京23区内には千匹ほどのタヌキが生息している」という短くて内容があまり無いものなのですが、私が他に何も言わなかったのではありませんよ! 記事の字数が少なすぎて、省略されすぎてしまった結果なのです。