[ON THE NEWS]
2000年9月20日早朝、東京都町田市のペットショップからマダガスカルホシガメが盗まれた。このカメの店頭価格は248万円。警視庁町田署ではマニアかブローカーの犯行とみている。マダガスカルホシガメはワシントン条約で取引が規制されている種。
(SOURCE:2000年9月21日 朝日新聞・東京版)[EXPLANATION]
ペットショップでの盗難事件がどれほど発生しているのかはわかりませんが、それが新聞沙汰になるのは高額な動物が盗まれたときぐらいなのではないでしょうか。今回もそのような事件だったわけですが、それにしてもカメが248万円とは一般的には桁外れな値段に思えるでしょう。私はペット・マニアではないので、細かい相場までは把握していないのですが、それでもこの値段は高すぎるように思いました。しかし実際にこの値段がついていたということは、それだけ珍しい種であるということなのです。
そもそもこのマダガスカルホシガメとはどういうカメなのでしょうか。と思って手元の資料を探してみたのですが、載ってない! 近縁種の「ホシガメ(Geochelone elegans)」は載っていました。これはリクガメ科のカメで、背中の甲羅に放射状の模様があるのが特徴です。インド、パキスタン、スリランカに分布していますので、地理的にもマダガスカルに近いといえます。それにしてもマダガスカルホシガメってそんなに珍しいカメだったかな、まあワシントン条約で指定されているようだし…ということで、次はCITESのデータベースを調べてみました。マダガスカル島に生息し、ワシントン条約に記載されているリクガメ科を調べてみると、ホウシャガメ(Geochelone radiata)とヘサキリクガメ(Geochelone yniphora)の2種しかいませんでした。しかもどちらももっとも規制が厳しい附属書1に記載されています。そんなに重要な動物が図鑑に載ってないのはおかしいので、マダガスカルホシガメはこの2種の内のどちらかの異称であるに違いないと考えました。もう一度新聞に掲載された小さな写真と図鑑をよーく見比べてみた結果……これはホウシャガメに違いないと判断できたのでした。その後で「種の保存法」を調べてみたら、ホウシャガメの和名として「マダガスカルホシガメ」と書かれてありましたので、この両者が同じものであると確認できました。
同じ動物に日本語の名前が2つもついているというのは変に思われるかしれませんが、複数の学者が別々に名前を付けたりすると、このようなことになってしまいます。また、正式な和名が決まる前に通称の方が有名になったりするとやはり同様のことが起こります。このようなことは動植物の世界ではそれほど珍しいことではありません。ただ、統一してくれないと混乱が起こることも確かなので、早く解決してほしい問題です。このホウシャガメをはじめとするホシガメの仲間やリクガメ科の一部の種は乾燥した場所に棲息しています。日本でカメというと、ミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)、クサガメ、ニホンイシガメなど主に水中に棲み、時々陸に上がる生態(半水棲)ですが、ホシガメなどは完全な陸棲です。陸棲は水に関する設備やメンテナンスが不要なので、いくぶん飼いやすいかもしれません。
さて、ワシントン条約に話を戻しましょう。ホウシャガメは附属書1記載の種ですが、附属書1は最も規制が強いカテゴリーで、商取引は禁止されています。学術目的の場合でも輸出入には許可が必要になります。これは国内法である「種の保存法」でも同様です。ただし条文を読み込んでみると、繁殖目的の場合、つまり野生ではなく飼育されている個体については例外扱いされているようなのです。このあたりの事情は私もよくわからないのですが、学術機関あるいは動物園でもない一般の業者が店頭販売してるというのはやはり奇妙な印象があります。ホウシャガメの法的な扱い、今回の事件のホウシャガメを環境庁は把握していたのか、といったことが気になるのですが、そういうところをマスコミは追求してほしいものです。私は雑誌連載を持っているので、機会があれば取材することがあるかもしれません。
今回の事件について、警察では「マニアかブローカー」の犯行とみており、その推測は多分あっていると思いますが、それが「高価なホウシャガメだけを盗んでいるから」という理由からだとするとちょっと甘い考えかもしれません。犯人は値札と危険性を考えて、おとなしくて高いこのカメを選んだのかもしれません。ホウシャガメをはじめから狙っていたとは断言はできません。とはいえ、盗んだ後の処理を考えると、どこかでブローカーが関わっている可能性は高いでしょう。このような特殊なカメをほしがるのはやはり「マニアかブローカー」なのですから。
ブローカーならこのカメで儲けることができるわけで、動機はわかりやすいのですが、「マニア」の場合の動機は一般にはわかりにくいかもしれません。これはカメ・マニア、動物マニアに限らずあらゆるマニアに共通する心理なのですが、マニアというのは「所有欲」「独占欲」が強いといえるでしょう。いろいろなアイテムを集めていくうちにさらに「所有欲」が高まっていき、ますますレアなアイテムの収集にのめりこんでしまう…誰でもちょっとした似たような経験はあると思いますが、それが極端なレベルにまでいってしまうと犯罪にまでいってしまうことがあるのです。これは動物マニアに限らないことで、あらゆるマニアにも当てはまることだと思います。