Vol. 157(2003/1/12)

[今日のいきもの]伝承の中の動物たち・その2

カッパ、ツチノコ、夜雀、山犬の正体は?

前回は「怪異・妖怪伝承データベース」を紹介しましたが、今回はその中から特定の動物をピックアップして、現代の動物学の知識から検討してみたいと思います。

・カッパ(河童)

カッパの話は北海道と沖縄を除く全国にまんべんなく存在しているのですが、カッパにはいくつもの異称があることもわかります。岩手ではカッパは「座敷童(ザシキワラシ)」だと言われているというのには驚きですが、私が注目したのは「エンコウ(猿猴)」「スイコ(水虎)」という名前です。「サルのような」「トラのような」動物ということなのでしょう。これはいったいどのような動物なのでしょう。あるいは「スッポンのことだ」とするものもあります。カッパとは別にいろいろ調べていると、「カワウソ(川獺)」の項目も意外と多いことがわかります。そして、その内容は「相撲をとった」とか「だまされた」という話が多いのです。これはカッパの話にも近いものです。
カワウソとはイタチ科の動物で、日本にいたものは「ニホンカワウソ」という種類です。ニホンカワウソはかつてはどこでも見られたようですが、明治以降急速に数を減らし、現在では絶滅してしまったものと考えられています。イタチの仲間は後脚で立ち上がることができ、その姿はサルっぽく見えるかもしれません。カワウソはイタチよりも大きく、立ち上がると子どもぐらいの背の高さにはなったでしょう。また、イタチはネコと同じ食肉目の動物です。イタチ科のスマートな体形と身のこなしはネコっぽく見えるかもしれません。そう考えると、カッパとはカワウソのことを指していたと考えても不思議ではなさそうです。

・ツチノコ

ツチノコについては、私は「昭和30年代以降に具体的な姿が形成された想像上の動物」という説をとっています(EXTRA 6Vol.92)が、このデータベースでもこの説が強化されそうです。というのも、文献の年代が1960年代以降のものばかりであること、場所が近畿周辺に集中しているからです。第1次ツチノコ・ブームは1962年以降のもので関西から発信されたものであり、これとぴったり一致しています。このブームに触発されて資料収集が始まったのでしょうが、それ以前の資料がまったく無いというのも不自然なことです。ツチノコは「現代の伝承」と呼んでもいいでしょう。

・夜雀(ヨスズメ)

「スズメ」を調べてみると、その半分ほどが「夜雀」あるいは「送り雀」の話であるのには驚きました。内容はどれも同じようなもので、「夜、山道を歩いていると、チッチッというスズメのような鳴き声がついてくることがある。これは送り狼がついてきている音である」というものです。スズメとオオカミが結びついているという奇妙な話です。
まず鳴き声の方ですが、これと同じ経験は都会に住む現代人も同じ体験をしているのではないでしょうか。秋の夜、住宅街を歩いていると「チ、チ、チ」という小さな鳴き声が聞こえるでしょう。これは「カネタタキ」というコオロギの仲間の昆虫の出す音です。スズメっぽいとは言えませんが、昆虫にしても異質な感じのする音です。夜雀の正体はこのカネタタキだと私は推測します。
もうひとつの「送り狼」の方ですが、これはどう解釈していいのかわかりません。オオカミが人の後をついてくるという「送り狼」の話は「オオカミ」でデータベースを調べるとかなり見つかります。獲物を追跡するというオオカミの習性はよく知られていたようです。ただ、これが鳴き声とどうして結びつくのかはわかりません。

・山犬

データベースを調べると「オオカミ」が94件、「ヤマイヌ」が65件あります。「100年前に絶滅した、イエイヌとは異なるイヌ科の動物」は現在では「ニホンオオカミ」と呼ばれていますが、以前は「ヤマイヌ」とも呼ばれていました。オオカミとヤマイヌは同じ動物と一般には考えられていますが、これらは別の動物であると考える説も少数派ながらあります。データベースの内容もある程度読んでみましたが、ヤマイヌ、オオカミの違いについての話は無いようです。複数の名前が両立していたということでしょうか。生態的に考えると、これらの動物が別のものであるとは考えにくいとも言えます。同じ環境に同じような生活をする動物が同時に存在することはあまりないのが自然界です。そのような状況では食べ物をとりあうことになり、生息数が均衡するのが難しいからです。両者が共存するには、食べ物を変更する、生活場所を変える、生活時間をずらすなどの工夫が必要になります。そうなると、これらの動物の生態の違いははっきり目に見えるようになるはずで、混同することはなくなるでしょう。ヤマイヌ、オオカミがはっきり区別されていないということは、やはり同じ動物を指していたと考えていいのではないでしょうか。

・未解決の動物

「首切れ馬」……文字通り首の無い馬のことで、悪魔または霊が乗っている、馬の鈴の音が聞こえるという共通点があります。中には「追いかけられて服を食いちぎられた」という話もありますが、首も無いのにどうやってかみついたのか疑問が残ります。ウマといってもサラブレッドを想像してはいけません。かつて日本にいたウマは、農耕目的を主とする、比較的小型の品種でした。大河ドラマや映画では戦国武将がサラブレッドにまたがっていますが、あれは大嘘です。さて、小型のウマといっても、日本にはそれに匹敵するような大型哺乳類はいません。シカと見間違うとは思えません。クマ(ツキノワグマ)の可能性はありますが、ツキノワグマの肩の高さは人の腰よりも低いので、ウマと間違えるとは思いにくいのです。
「お菊虫」……ご存知「番町皿屋敷」に登場するお菊の魂が化けてでたもの、それがお菊虫なのだそうです。やがてチョウになるという記述もあるところからすると、チョウの幼虫のようですが、一体どのチョウのことなのでしょうか。日本では人面虫というのは聞いたことがないですねえ(国外では「ジンメンカメムシ」というのが本当にいるが、この顔は間違いなく男だ)。こういうのは意外とポピュラーな種類だったりするかもしれません。例えば、アゲハ。ミカンなど柑橘系の樹木にはよくつきます。終齢幼虫には目玉模様があります。兵庫の方で正体をご存知の方は教えてください。
(2004年2月追記 ああ、やっとでわかりました。というか、手元の図鑑に載ってました。正体はジャコウアゲハのさなぎ(幼虫ではない)です。正面から見ると、髪を結った女性の顔に見えるそうです。)

今回は少しだけしか取り上げていませんが、現代の知識で見てみると伝承の別の側面が見えてくることがおわかりになるかと思います。こういう妖怪とか怪異現象などの伝承というのは民族学的見地から研究される場合がほとんどだと思うのですが、動物学の視点から探ってみるというのもなかなか面白い研究テーマかもしれません。だれか研究してくれないかなあ。


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