Vol. 206(2004/1/18)

[今日の事件]
ハクビシンが犯人であるかのように誤読させる記事の実例

私としては珍しく「いきもの通信」を続けて休んだりしておりましたが、ぼちぼち、多分、復活です。休んでいるということは仕事がいっぱいあったということで、これについてはその内に報告できると思います。ああ、でもまた仕事がなくなっちゃうんだよなあ…。という話はさておきまして。


SARSと言えばハクビシン、というほどに「ハクビシン=SARSの原因」という風説は定着してしまったのでしょうか。いまだにそう誤解している人は多いことでしょう。ハクビシンが無罪であることは私もすでに書いてきましたので繰り返すことはしません。
マスコミがこのことをどれだけ理解しているかというと、私はかなり懐疑的です。そして先日、またも私を仰天させる新聞記事があったのでした。この記事はあまりにも象徴的なものですので、字は読めないように縮小して以下に掲載します。この記事は、朝日新聞(東京版)2004年1月6日付け朝刊の1面トップ記事です。

内容を説明しましょう。
見出しは「中国でSARS確認 今冬、初の自然感染」。内容の概略は、SARSの疑いで昨年12月隔離された中国広東省の男性がSARSであることが確認された、というものです。ハクビシン関しては、本文中に、その男性患者のウィルスの遺伝子が、広東省の野生動物市場のハクビシンのウィルスと塩基配列が類似している、また、広東省はハクビシンの処分を業者に求めた、そして、男性患者とハクビシンの接点は未確認、と書かれています。写真はカラーで、ロイター提供のもの。広州の野生動物市場でハクビシンを回収している様子の写真です。
ここまで読むと、読者の多くは「ああ、やっぱりハクビシンは危険なヤツなんだ!」と誤読してしまうことでしょう。しかし、記事はまだ続きます。記事本文の後に「解説」のパートがあり、専門家のコメントなどが紹介されています。そこでは、SARSの感染源は特定されていないこと、患者とハクビシンの塩基配列が似ているといってもそれは一部分を見ただけにすぎないこと、ハクビシンが感染源かどうかはわからないこと、が書かれています。ここまで読めば、「なーんだ、ハクビシンは関係ないのかな」ぐらいは読者も理解してくれるでしょう。
この記事は決して間違ったことを書いているわけではありません。とても正直に書いていると思います。ただ、記事全体を見てみると、やはり「ハクビシン=犯人」という印象を与える可能性が非常に高いのです。その理由は以下の3点です。

・「ハクビシンが感染源かはわからない」と書かれているのが記事末尾の「解説」の中のさらに末尾に置かれているため

記事を最後まで読まない人は多いし、そうでなくても「解説」を読み飛ばす人はもっと多いでしょう。記事本文だけでは「ハクビシン=犯人」の印象しか残しません。

・「ハクビシンが感染源かはわからない」の部分が、新聞の折り目の下側にきているため

この肝心の部分が折り目の下に配置されているのはさらに致命的で、ここが読まれなくなる可能性をさらにアップさせています。

・写真も「ハクビシン=犯人」の印象を与えている

何かビジュアルがほしい、でも患者の写真はあるわけがない、それじゃあこの写真だ! という具合に編集部はこの写真を選らんだのでしょうが、これもまた「ハクビシン=犯人」の印象を強力に与えてしまうでしょう。

まるでこの記事は「ハクビシンが犯人だと誤解してください」と言わんばかりの構成になっているのです。

繰り返しますが、この記事の内容には問題はありません。でも、その内容とはまったく違った印象を読者に与えてしまうのです。新聞社などマスコミは、このようなことが起こらないよう気を使ってほしいものです。その一方で、読者の方にもメディアを正しく読解する能力が求められているのです(いわゆる「メディア・リテラシー」というもの)。この記事は最後まできちんと読めば誤読することはないはずです。
また、文章だけではなく写真もよーく観察しましょう。この記事の写真は、一見すると「ハクビシンを押収する当局」というものです。ところが写真をすみずみまでよく見ると、「マスクをしているのは当局者(警察?)だけ」「その当局者も群衆整理の人はマスクをつけてない」「まわりのやじ馬(おそらく市場の労働者)はマスクをしていない」「やじ馬はけっこうハクビシンの近くまで来ている」ということがわかります。SARSの感染力の強さを考えると、なんとも緊張感の無い風景なんですね、これが。当局が本当にハクビシン=犯人と確信しているのなら、もっと厳戒態勢をとらねばならないはずです。つまり、この写真は「ハクビシンは犯人」というよりも「SARSの怖さがわかっていない人々」という内容だと考えた方がいいでしょう。しかも、ハクビシンが犯人かどうかもわからないのに、この写真なのです。わざわざ1面トップに持ってくるほどの意味がある写真なのでしょうか?

さて、朝日新聞でのハクビシン関連の記事をさらに追いかけてみましょう。この日、2面、3面にもSARSの記事が大きく載っており、ハクビシンについても言及されています。ひとつは「患者は動物市場へ行ったのではないか」という医学者の発言、2つ目は台湾でハクビシンの飼育業者に当局が消毒の徹底を求めたというもの、もうひとつが日本ではハクビシンの輸出は昨年6月から停止しているというものです。いずれも「ハクビシン=犯人」と断定するものではありませんが、やはり有罪の印象を与えるものです。
同日夕刊には、ハクビシンの回収によって混乱した野生動物市場についての記事が書かれています。内容はハクビシンの取引が禁止されたり許可されたりして振り回される業者のことが書かれています。この記事にはまたカラーで写真が載っていますが、これも変な写真です。場所は野生動物市場。人はいませんが、動物がかごに詰め込まれています。その中の、一番手前のかごは、はっきりとは見えませんがイヌが入っているようです。しかも狭い所に何頭もいます。SARSの原因としてハクビシンが疑わしいならば、同じ食肉目の動物にも注意すべきでしょう。その食肉目に属するイヌが、簡単に感染が拡大してしまうような劣悪な飼育状況下に置かれているのです。この写真を編集部が選んだのは、ただ市場の様子を紹介したかっただけなのでしょうが、このようによく見ると、「現地の衛生管理は大丈夫なのか?」という不安を感じさせる写真なのです。
翌7日の夕刊には、WHOのコメント「感染源は特定されていない。ハクビシンについてはさらに調査が必要」という短い記事が載りました。たったの18行です。ちなみに読売新聞の方では、WHOは「野生動物を殺すようアドバイスしてはいない」と言った、という風に書かれていますので、WHOはハクビシン以外の感染源を疑っていることは間違いないようです。しかし、最近は夕刊をとっていない人も多いそうですし、このような小さな記事は読み飛ばす人も多いでしょう。これではやはり「ハクビシン=犯人」のイメージは払拭できないわけです。
さらに、11日朝刊には、広州でハクビシンを隠し持っていた場合、1匹当たり1万元以上10万元までの罰金を科すことを決めた、という記事が載っています。日本円では13万円〜130万円ということになります。この記事も事実だけを書いたものなので問題は無いのですが…。

このように続けて読んでいくと、朝日新聞ってハクビシンに恨みでもあるんですか?という疑問を持たざるを得ません(笑)。短期間でこんなに繰り返しハクビシンの記事が繰り返されると、ますます「ハクビシン=犯人」のイメージが増幅されてしまうんですよね。SARSのことを記事にしたいのなら、もっと他の視点もあるはずなんですよ。はっきり言って、朝日新聞は読者を誤った方向に誘導しているのです。
今回は朝日新聞ばかりたたいていますが、他の新聞・テレビなども多かれ少なかれ同じような報道をしているのではないでしょうか? さすがにそれらをすべてチェックすることはできませんので朝日新聞だけを取り上げているだけのことです。
おそらく、朝日新聞もわざとこんなことをしているのではないでしょう。でも、「正しいことを書いても間違った印象を与えることがある」ということについてマスコミはもっと自覚すべきです。
そして、読者・視聴者の側もメディアを正しく読解する能力をつけなければならない、ということも強く訴えねばなりません。


SARSに続いて、今度は鳥インフルエンザが発生する事件が発生しました。おかげでハクビシンの登場頻度は少し減りました。鳥インフルエンザについても、きちんと新聞を読めばその危険性が判断できるはずです。鶏肉が危ない、とか、卵が危ない、とか、渡り鳥が危ない、とか、根拠の無い風説には惑わされないようにしましょう。


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