東京湾にクジラがよく現れる理由
今年のゴールデンウィークは、東京湾周辺ではクジラが大きな話題になりました。関東以外の方には伝わっていないかもしれませんが、新聞やテレビでは連日取り上げられ、それを見物に出かける人たちでかなりにぎわいました。いつかのタマちゃんフィーバー、あるいは最近のレッサーパンダ人気を思わせる騒ぎでした。
しかし私に言わせればクジラぐらいでなぜそんなに大騒ぎするのかまったく理解できません。コククジラとはどんな動物か、そして東京湾に迷入した理由といった本質的なことに触れた報道はほとんどありませんでした。こういう無意味な騒ぎはマスコミも、一般の方々にもやめてほしいものです。今回は私の視点からこの迷入コククジラ事件を分析してみます。
まず、コククジラの移動状況を復習しましょう。最初に東京湾内にコククジラがいることが報告されたのは4月末ごろ、とされています。袖ケ浦沖によく姿を見せることが伝わったためか、ゴールデンウィーク後半には多くの人が袖ケ浦市に集まりました。報道によるコククジラの目撃場所は、
5月6日、袖ケ浦沖
7日、習志野沖
8日、袖ケ浦沖
10日、横須賀沖から横浜沖へ
ということでしたが、11日朝、東京湾の出口の千葉県富山町沖で同じ個体と見られるコククジラが定置網にかかっているのが発見されました。クジラは既に死亡していました。その後の報道はほとんどなく、今はレッサーパンダに大騒ぎ、という状況です。コククジラはクジラマニアにとってはそれほど目新しい種類ではありません。北米西岸(東部北太平洋)ではよく見られる種類で、写真にもよく撮られています。しかし、日本周辺(西部北太平洋)は非常に数が少なく、目撃例もあまりないようです。コククジラは主に沿岸を移動するので、目撃例が少ないということは本当に数が少ない証拠でしょう。数が少ない理由は捕鯨によって減少したためです。日本周辺でもよく見られるのはどちらかといえば日本海側が多いようです。
そういう意味ではとても珍しいクジラだったわけですが、それを報じたマスコミがどれだけあったでしょうか?さて、一方で東京湾にクジラ類が迷入するのは実は珍しいことではありません。東京湾は船舶の交通量が多いのでクジラは目立ちます。そのためよく報告されているのでしょう。クジラの種類は、普通はマッコウクジラの場合がほとんどです。迷入という意味ではタマちゃんも同じ迷入組だったと言えるでしょう。
東京湾が話題になりやすいのはマスコミが集中しているためでもあるのでしょうが、実際に東京湾に迷入するクジラ類や海棲哺乳類は他の地域より多いように思います。もっとも、実際に統計を調べたわけではありませんが…。
なぜ東京湾か、ということは地図を見ると理由がはっきりします。まず、東京湾は海流(黒潮)の進行方向に向かって湾口が開いています。つまり、潮の流れに乗って湾に入ってしまいやすいのです。今回のコククジラも南から北へ回遊する途中だったと思われます。
そして、東京湾は入り口が狭く、奥行きが深いという地形的特徴があります。一度入るとなかなか出にくい構造になっているわけです。タマちゃんがなかなか東京湾を離れなかったのもこれが原因かもしれません。
「海流に向かって湾口が開いている」「入り口が狭く奥行きが深い」という特徴に当てはまる場所は、日本国内では他に鹿児島湾、有明海ぐらいしかありません。これらの現地の情報は知らないのですが、クジラ・イルカ類がよく目撃されているのではないかと予想できます。
他の場所をもうちょっと挙げてみましょう。伊勢湾は湾口が狭いという特徴がありますが、海流に対して直角に開いているので迷入しやすいかは微妙なところです。しかし、シャチが迷入した例は最近もありました。大阪湾は大きな湾ですが、南(紀伊水道)と西(瀬戸内海)に広い出口があり、迷入しても脱出は容易です。小規模なら博多湾という場所もあります。そういえばここでは以前、メガマウスザメという非常に珍しいサメがうちあげられたことがありました。海棲哺乳類関連の事件が起こるたびに、私はいつもストランディング(座礁)に対応できる組織を作るべきだと主張しています。今回のコククジラの場合、東京湾への迷入はストランディングにあたるのかどうかは微妙なところです。迷入したというだけでは特にクジラにとって生命の危機というわけではないからです。ただ今回の場合、報道がヘリコプターや船で追いかけ回したようで、そういうことを防ぐためにもストランディングの場合同様の対処をすべきだったと思います。クジラという動物は非常に神経質で、船の機械音をいやがるといいます。クジラを撮影する時は、母船を離れたところに停止させ、ゴムボート(手漕ぎ!)で接近する、というのがセオリーです。それぐらいの慎重さが求められるのです。また、東京湾の交通量の多さからいっても、衝突事故を防ぐために常時監視する体制がほしかったところです。
このコククジラは最後は網にかかってしまいましたが、これはストランディングの定義に当てはまるものです(ストランディングの定義は「海岸にうちあげられた」という単なる座礁だけでなく、生命の危機に関わることも含まれるとされています)。迅速に対応する組織があれば最も良いのですが、今回の場合は発見時に既に死亡していたようで、対応組織があっても間に合わなかったでしょう。
この不幸な最期は別にしても、それ以前のマスコミの過剰な追っかけは私は苦々しく思っていました。こういう時にこそストランディング対応組織があればと思いますし、そうでなくてもちゃんとした専門家にご意見をうかがえば適正な報道方法についてアドバイスしてくれるはずです。マスコミは自分たちだけの感覚で野生動物を追いかけるようなことはやめてほしいものです(それに乗せられる一般市民にも一考をしてほしいことです)。
これは今話題のレッサーパンダについても同じです。レッサーパンダ事件は解説するにもバカバカしいことなのですが、やはりきちんと私が解説した方が良さそうですね。このレッサーパンダ事件についてはあらためて取り上げる予定です。