Vol. 128(2002/4/21)

[今日の事件]クジラの多量座礁は天変地異の前兆なのか?

今年は1月に鹿児島県大浦町でマッコウクジラ14頭が座礁、2月に茨城県波崎町の2ヶ所でカズハゴンドウ計100頭以上が座礁、とクジラの多量座礁が続けて起こりました。こういう事件が起こると、マスコミは「天変地異の前触れか?!」などと書き立てたりするものですが、さて実際にはどうなのでしょうか。

統計的にクジラの座礁を調べてみると、今回の事件は特に不思議なことではないことがわかります。
クジラ類や他の海洋棲哺乳類(ジュゴン、アザラシなど)の座礁は、報告されているものだけで、年間100〜200件あります。未発見のものや報告されないものを加えると、もう少し数字は多くなるでしょう。平均して、毎週数件の座礁が日本のどこかで発生しているのです。ですから座礁自体は珍しいことではありません。ただ、座礁の内、おおよそ半分は死体漂着です。これには「死体の一部が漂着」という場合も含まれます。骨の一部が漂着した場合も数えられるわけです。残りの半分は生きたまま座礁する例(生存漂着)です。が、面白いことに生存漂着は大半が単独の座礁で、複数座礁でもそう多量には座礁しないものなのです。一度に10頭以上座礁するような例は年に1回あるかないかぐらいの頻度でしょう。まったく無い年もあれば、2回ある年もあるかもしれません。たまたま多量座礁が続けて発生することもあるかもしれません。
今回の連続多量座礁は、このように統計的にも起こり得ることであって、天変地異のような特別な理由を持ち出さなくても十分説明できることなのです。

統計的なことはさておいて、今回の多量座礁で注意すべきなのは茨城県波崎町の方でしょう。ここでは昨年(2001年)の2月にもカズハゴンドウ約50頭が座礁しています。この場所には座礁しやすい季節的・地理的な原因があるのかもしれません。例えば、この地域の沖合は暖流と寒流がぶつかる場所です。海流の複雑な流れがクジラ類を混乱させているということも考えられるわけです。クジラ類の座礁の原因は今も解明できない謎です。今回のような事例をていねいに分析していくことで解明は進んでいくでしょう。

ところで、多量座礁というのはマスコミの格好のネタです。真面目に取り上げるマスコミもあれば、おおげさにあおるマスコミもいます。真面目に取り上げるならば、「原因は不明」としか書けないはずで、「天変地異の前兆だ」などとおおげさに取り上げるような種類のものはまったく無視してもかまわないと私は考えています。
最近の某週刊誌では「海洋生態系がかく乱しているからだ」などと書いていましたが、発言者不明、根拠不明の内容でした。このような誰が言ったかわからないような記事は相手にするまでもないものです。「海洋生態系のかく乱」とは、捕鯨禁止によってクジラが増えすぎ、魚類資源が食い尽くされている、という捕鯨賛成派の論調を連想させます。おそらくその文脈からでてきたのがこの記事なのでしょう。
ただ、一般の人にはマスコミ報道は真実のように見えてしまうため、「天変地異の前兆」などと書かれると動揺してしまうかもしれません。こういう場合に信じていいのか否かを判断する方法を知っていれば、無用に心配する必要もないでしょう。といっても絶対的な方法があるわけではないのですが、私の判断基準としては

・発言者不明の発言は信じてはいけない
・科学的根拠が不明の場合は信じてはいけない
・科学的根拠が明記されていても、自分の知識で納得できないものは「そういう説もある」と考えておく
・新聞、雑誌など一般マスコミは科学の話題には弱い。専門論文誌は論文の審査があるので、質はかなり保証される。

といったところでしょうか。実は一般のマスコミはどんな分野でも詳しいというわけではないのです。
マスコミ報道を信頼できないならどうすればいいのか。マスコミ報道は現代社会では無視できるものではありませんしね。その場合は、信頼できる専門家の意見を参考にするのがいいでしょう。複数の意見を参考にすれば、より立体的な見方もできるでしょう。動物事件に限らず、特定分野のことでは専門家の発言は耳を傾けるべきものです。専門家というと遠い存在のようですが、その存在は意外と重要なのです。皆さんも、「この分野ならこの人」という専門家を見つけてみてください。より深く報道を理解できるようになると思いますよ。


過去の関連記事

EXTRA 2(2000/10/8)「季刊Relatio」連載「動物事件の読み解き方」補足 第2回 マッコウクジラ座礁事件
Vol. 41(2000/4/16) [今日の事件]マッコウクジラ座礁事件/あのクジラを救出する方法はあったのか?


[いきもの通信 HOME]