Vol. 232(2004/8/8)

[今日の観察]頭骨標本を作った話 後編

さて、とある公園でひろった謎の動物の頭骨標本作りの続きです。(前回の話はこちら)


腐植土に埋めたといっても、時々掘り出しては腐食の様子を観察しました。肉が残った状態では次の作業には取りかかられませんからね。
次の本格的な作業にかかったのは約3週間後からです。まず最初に取りかかったのは左の下顎骨(あごの骨)からです。「左」から、というと不思議に思うかもしれませんが、顎の骨というのはたいていの哺乳類は左右に分離してしまうものなのです。一度に全部のパーツを処理するのはおすすめできません。というのも、頭部には「歯」という細かいパーツが付属しているからです。パーツ毎に慎重に作業しなければならないのです。
まず、ていねいに水洗いです。この時、洗面器の中で洗うようにしましょう。なぜかというと、歯が落ちやすいからです。歯が落ちたら、すぐにどの歯か確認するようにしましょう。ぴったりはまる穴は1つしかないはずなので、パズルとしては難しくはありません。
水洗いでは、使い古しの歯ブラシで土をゆっくりと落としていきます。この作業だけでもずいぶん骨はきれいになるでしょう。

このままでも悪くないのですが、もうひと手間、仕上げの作業をやっておきましょう。まず、十分な大きさの容器に水を入れます。そして、入歯洗浄剤と骨をいっしょに入れるのです。私は「タフデント」を使用しました。錠剤を2個も入れれば十分なようです。標本作りに「入歯洗浄剤」というと大笑いされる方もいるでしょうが、これはその筋ではけっこう有名な、かつ有用な方法なのです。取り残した小さな肉を除去し、骨を白く漂白することができる方法なのです。
この作業の時は、落ちた歯は別の場所に保管しておいてかまわないでしょう。
洗浄剤に入れて24時間。骨を水洗いして標本は完成です。とれた歯は、木工用ボンドで接着しましょう。

この作業を、右の下顎骨、頭蓋骨の順にそれぞれに行い、死体発見から約1ヶ月を経過して、きれいな頭骨標本は完成しました(なお、左右の下顎骨は瞬間接着剤でくっつけます)。

ようやくできた頭骨標本、さてその正体は…と期待が高まる所ですが、標本を一目見て、私は「こりゃタヌキじゃないな」とわかってしまったのでした。ストップの角度がきつすぎるのです。「ストップ」とは目の前のおでこの部分と、吻部(鼻)との角度のことです。普通の食肉目イヌ科動物の場合、骨のストップ角度は非常に浅いものなのです。ところが、この頭骨標本のストップ角はかなり深い角度です。これは一部の、鼻の短いイヌに見られる特徴です。念のため、本などで頭骨の形を確認してみましたが、やはりタヌキでないのは明らかでした。
あんなにタヌキだと信じて一生懸命持って帰って、一生懸命クリーニングしたのに(T_T)。かなりがっかりです。

念のため、タヌキの専門家である池田啓先生(兵庫県立コウノトリの郷公園・研究部長)にメールで写真を送ったところ、
「小型の座敷犬」
との回答でした。そうですよね、やっぱり。(池田先生、鑑定ありがとうございました。)

イヌ、という結論から類推すると、大きさからしてポメラニアンとか柴犬といった小型犬だったと考えられます。
そういえば、やけに歯に歯垢(しこう)がついてるな〜とも思ったんですよ、最初見つけた時に。野生の動物は歯に歯垢なんかつきません。歯垢はドッグフードを食べるイヌに特徴的なものなのです。思えば、この時気付けばよかったのかもしれません。

ということで、期待の割には残念な結果になってしまった標本作りでした。それでも、私にとっては最初の本格的頭骨標本です。ちゃんとお宝標本として大切に保管していますよ。


参考文献

「骨の学校 ぼくらの骨格標本のつくり方」
著:盛口 満(もりぐち・みつる)、安田 守(やすだ・まもる)
発行:木魂社(こだましゃ)

「哺乳類観察ブック」
著:熊谷さとし(くまがい・さとし)
発行:人類文化社


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