Vol. 281(2005/8/28)

[今日の事件]稀少ワニ不正登録事件

[ON THE NEWS]

8月17日、警視庁生活環境課と世田谷署などは動物輸入販売卸会社社長、動物園「草津熱帯圏」園長ら3容疑者を種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)違反(不正登録)などの疑いで逮捕した。3人は2003年12月、同園で飼育しているガビアルモドキの繁殖に成功したと偽って財団法人「自然環境研究センター」に申請、4匹を国際稀少野生動植物種として不正に登録させた。この4匹は違法に輸入されたと見られている。
不正登録での業者摘発は全国初とのこと。
(SOURCE:朝日新聞(東京版) 8月17日付夕刊)

[EXPLANATION]

このニュースをお聞きになった方には「へえ〜、ワニの中にも稀少な種類がいるんだ」と思われた人もいるかもしれません。でもそれは正確ではありません。ワニの一部が稀少なのではなくて、ワニ類全体が稀少なのです。以前、カメについて「Vol. 198 人間によって衰退しつつあるカメという動物」と紹介しましたが、ワニはカメよりも絶滅の危機にさらされている動物といえるでしょう。
ワニはその種類もたったの約20種しかいません。まずはそのすべてを紹介してみましょう。

アリゲーター科

アリゲーター属
Alligator mississippiensisアメリカアリゲーター(ミシシッピワニ)
Alligator sinensisヨウスコウアリゲーター(ヨウスコウワニ)

カイマン属
Caiman crocodilusメガネカイマン(カイマン)
 その4亜種
 Caiman crocodilus apaporiensisアパポリスカイマン
 Caiman crocodilus chiapasiusチアパスカイマン
 Caiman crocodilus crocodilusスリナムメガネカイマン(メガネカイマン)
 Caiman crocodilus fuscusマグダレナメガネカイマン(パナマメガネカイマン、パナマカイマン)
 Caiman crocodilus yacareパラグアイメガネカイマン(パラグアイカイマン)独立した種とする説もある
Caiman latirostrisクチビロカイマン(クチヒロカイマン)

クロカイマン属
Melanosuchus nigerクロカイマン

コビトカイマン属
Paleosuchus palpebrosusコビトカイマン(キュビエムカシカイマン)
Paleosuchus trigonatusブラジルカイマン(シュナイダームカシカイマン)

クロコダイル科

クロコダイル(ナイルワニ)属

Crocodylus acutusアメリカワニ
Crocodylus cataphractusアフリカクチナガワニ
Crocodylus intermediusオリノコワニ
Crocodylus johnsoniオーストラリアワニ
Crocodylus mindorensisフィリピンワニ(ミンドロワニ)ニューギニアワニの亜種とする説あり
Crocodylus moreletii モレレットワニ(グアテマラワニ)
Crocodylus niloticusナイルワニ
Crocodylus novaeguineaeニューギニアワニ
Crocodylus palustrisヌマワニ
Crocodylus porosus イリエワニ
Crocodylus rhombiferキューバワニ
Crocodylus siamensisシャムワニ

コビトワニ属
Osteolaemus osborniコンゴコビトワニ コビトワニの亜種とする説あり
Osteolaemus tetraspisコビトワニ(ニシアフリカコビトワニ)

マレーガビアル属(ガビアルモドキ属)
Tomistoma schlegeliマレーガビアル(ガビアルモドキ)

(ガビアル科=クロコダイル科から独立させる説もある)
インドガビアル属
Gavialis gangeticusインドガビアル

赤字で表記したものはワシントン条約付属書1記載種です(ただし、一部生息地のものを付属書2とする種もある)。その他はすべて付属書2記載です。「」印は皮がいわゆる「ワニ皮」として利用されているものです。
わずか20ちょっとの種しかいないのですが、分類も確定していませんし、和名(日本語の名前)も不統一です。ワニは体も大きく凶暴なので、飼育するのも難しい動物です(参考「Vol. 133 東京都江戸川区ワニ脱走事件・前編/ワニの正しい飼い方」「Vol. 134 東京都江戸川区ワニ脱走事件・後編/事件を「飼育」の視点から見てみると」)。そのため研究が意外と進んでいないのかもしれません。

さて、今回の事件では「種の保存法」違反容疑ということになっていますが、この法律は有名なワシントン条約に対応する国内法です。ワシントン条約と付属書については「Vol. 237 絶滅の危機の指標、ワシントン条約とレッドリスト/ワシントン条約について」をご覧ください。ワニはすべて付属書1か2なので、厳重に保護されているグループといえるでしょう。
「種の保存法」は国内の稀少生物と国外の稀少生物の取り扱いを定めています。国外稀少種に指定されているのはワシントン条約の付属書1記載種に相当します。今回の事件のガビアルモドキは上記のように付属書1記載ですので、ワシントン条約でも種の保存法でも取り扱いは厳しく制限されています。輸入は学術目的以外はほぼ禁止です。そして、飼育するには「種の保存法」に基づく登録が必要となります。

今回の事件の詳細は報道だけではよくわかりませんが、だいたい次のようなものと思われます。
「草津熱帯圏」は以前からガビアルモドキを飼育していました(これは正規に登録されたもの)。2003年?、業者がガビアルモドキを密輸し、それを草津熱帯圏に売りさばこうとしました。ガビアルモドキはワシントン条約付属書1記載種ですので、正規のルートからの購入は難しく、おそらく値段も高いと思われます。草津熱帯圏とっては、この珍しい動物をさらに入手するのが魅力的に思えたのも当然だったでしょう。しかし、密輸された=登録されていない個体を展示するとすぐばれてしまいます。ちなみに、ガビアルモドキは国内には現在15頭しかいないそうで、ばれるのは確実です。そこで、容疑者たちが考えた方法が、「密輸個体を、草津熱帯圏で卵から孵化させた個体と偽装する」というものでした(密輸個体は若い個体だったと想像される)。自分たちで繁殖させた個体だと申請すれば、普通は疑問も持たれずに登録されます。実際、偽装登録は成功しました。また、国内で繁殖させた個体については取り引きの制限もゆるくなり、転売も可能になります。容疑者たちも高値での転売を狙っていたのかもしれません。
しかし、この偽装はばれていしまい、容疑者たちは逮捕されてしまいました。どうやってばれたのかは新聞記事からはわかりませんが、そもそも日本での繁殖実績がほとんどない種類であることに当局が気づいたのかもしれません。ただ、そういうことを警察が知っていたとも思えませんので、誰か専門家の通報や協力があったものと私はにらんでいます。

実は、「繁殖させた個体は流通可能」ということは「種の保存法」の抜け道として専門家の間では周知の事実です。ただ、密輸個体を入手すること自体が違法ですので、抜け道とは知っていても普通は犯罪にまでなることはありません。また、ワシントン条約付属書1記載種は原産国でも違法輸出を取り締まっていますので、国際問題にもなりかねません(実際、オーストラリアから動物を密輸出しようとした日本人が逮捕された事件もあった)。
とはいえ、違法登録は警察や官庁もこれまで真剣に取り組んできたとはいえません。今後は専門家の協力を得てでも本格的に取り組むべき分野でしょう。

さて、話をワニに戻しますと、ワニは種類も少なく、個体数も多いとはいえない稀少な動物であるということはぜひ記憶しておいてください。そもそも、「猛獣」と私たちが呼んでいる動物は多かれ少なかれ絶滅の危機に瀕しているといえます。というのは、これら猛獣は生態系ピラミッドの最上位にいる動物で、その生活を支えるには餌食となる多くの動物たち、そしてさらにその食糧となるより多くの小型動物、植物(生態系ピラミッドの下位を構成する生物)が必要とされるのです。人間による生息環境の侵略・減少の影響をまっさきに受けるのがワニのようなより上位の動物なのです。猛獣というのは意外ともろい立場にいるのです。しかもワニの場合は「ワニ皮」目的の狩猟という別の圧力も受けています。
猛獣=どう猛で凶暴、という悪役イメージは一面的なものでしかありません。本当の彼らの姿を見てほしいものです。


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