Vol. 284(2005/9/18)

[今日の観察]アクロス福岡を登山する

前回、福岡でのほめられない話を書きましたが、今回は福岡のいい話です。
「いきもの通信」では「いきもの」を名乗っていますが実際は動物の話がほとんどです。これは私自身の興味の対象を反映しているためです。それでもなぜ「いきもの」としているのかというと、動物と植物は切り離せない関係にあるため、そして、動物以外の生物の話題も取り上げやすくするためなのです。実際、以前ウィルスの話を書いたことがあります。ウィルスはそもそも生物なのかどうか、という問題点があるのですが、「いきもの通信」の守備範囲はそこまで視野に入れているということです。
さて、今回は珍しく植物の話です。


「屋上緑化」という言葉をお聞きになったことがある方は少なくないでしょう。また、それがどういうものか知らなくても「建物の屋上に植物を植えること」という意味であることはすぐにわかることと思います。屋上緑化にどういうメリットがあるのかというと、断熱効果によって室内を夏涼しく、冬暖かくできるということが期待されています。また、都市のヒートアイランド現象を緩和するのではないかともいわれています。あるいは植物が存在することで心理的にプラスの作用があるかもしれません。
しかし、現実の屋上緑化というと、屋上に園芸植物を並べたり、プランターを並べたり、芝生をしきつめたり、といった程度のものがほとんどでしょう。「緑化」という割にはちょっとさびしい植生です。もちろん、無いよりははるかにましですが。このような小規模な緑化になってしまうのは理由があって、水まわりや重量といった問題があるからなのです。植物の状態を良好に保つには水やりは欠かせません。水を大量に使う場合は、水を屋上まで持っていく配管や、排水・水漏れの対策が必要になります。ところが既存の建物ではそういう対策が十分できない場合もあるのです。
また、植物を植える時に欠かせないのが「土壌」です。土の重さというのはバカにできないほどのものです。これも既存の建物では重量に耐えられないこともあり、その結果、ちょこちょことした小規模緑化にせざるを得ないのです。いずれにせよ、屋上緑化をするならば設計の段階から折り込んでおかねばならないというわけです。
このような条件があるため、できのいい屋上緑化というものはなかなか無いのです。
それでも、称賛に値するような屋上緑化は存在します。そのひとつが今回紹介する「アクロス福岡」(福岡市)です。

アクロス福岡 公式ホームページ ステップガーデン(=屋上緑化)の記述はありません。

施工は竹中工務店です。 ステップガーデンの記述はこちらに載っています。


まずは写真でアクロス福岡をご案内しましょう。

これが全景(南側から)です。これには驚かれる方も多いでしょう。まるで都会に「山」が出現したように見えるのですから。こんな山が福岡の真ん中、天神にあるのです。この方向からだとわかりにくいのですが、アクロスの南側は階段状になっていて、その階段の上に植栽がされているのです。他の3面は普通の壁面です。

もっと近寄って見上げてみました。本当に「山」という雰囲気です。
では、この山に登ってみましょう。昼間は開放されていますので誰でも登山可能です。写真の所々に階段が見えますが、これが通路です。東側の通路(この写真の側の登り口)で登山します。

山腹から下を見下ろしたところ。木が茂ってあまりよく見えません。

通路はこんな感じで舗装されています。雑草も生えています。これは雑草の種子が土や植物や靴に付いて持ち込まれたのでしょうね。

頂上に到着。この位置は12階に相当する場所でしょうか。さらに上には展望台があるのですが、平日は閉まっているらしく入れませんでした。下を見下ろすと、天神中央公園の芝生が見えます。アクロスがこの公園と一体で計画されたということがわかるでしょうか。この公園があるおかげで、アクロスの植物には年間を通じて日射を確保できるのです。ここにビルがあったら年中日陰になってしまうでしょう。(公園のテントは防災訓練のために設置されたもの。撮影日は8月31日で、翌日の準備をしていたのです。)
では、今度は西側の通路で下山しましょう。

木も大きく育っています。ビルの中腹にこんな光景があるとは驚きです。

露出した地面はこんな感じ。樹木があれだけ育っているということは、土壌の深さもそれなりにあるということです。

と、このように山に登っているような気分になってしまいますが、アクロスは地上13階建てですから実際にかなりの高さなのです。


植物だけではなく昆虫についても言及しておきましょう。アクロス登山で発見できた昆虫は、アリ、ハチ、テントウムシ、チョウといった種類です。アリがいるということは、おそらくアブラムシもいると思われます(アリと共存関係にある)。これらの飛ぶことができる昆虫にとってはアクロスに登ることは比較的容易でしょう。アリやアブラムシは飛ばないよ、と思われる方もいるでしょうが、アリは羽アリの時期に新天地を求めて飛行しますし、アブラムシも特定時期に翅のある個体が出現して飛行します。高層マンションのベランダのプランターにある日突然アブラムシが発生して、どこからわいてきたのかと首をひねる方も多いでしょうが、実は風にのってやって来るのです。
もし、植物が高層ビル屋上に出現した場合、そこにたどりつける昆虫は数が非常に少なくなるでしょう。昆虫に飛行能力があるとしても、いきなり高所めがけて飛んでいくことはあまりないからです。ところが、アクロスでは地上から最上階まで植物が連続しているため、昆虫たちはゆっくりと、しかし確実に登山をすることができるのです。これが設計者の意図なのかはわかりませんが、よくできた仕組みであるといっていいでしょう。
今回は時間もなかったので詳しくは見れませんでしたが、年間を通じて観察できれば昆虫の生態がもっとわかるでしょう。

これらの写真を見ていただければおわかりになると思いますが、この屋上緑化は半端なものではありません。設計段階から入念に計画されたものです。私はこの建物が完成した直後の十数年前にも登山したことがあるのですが、その時はまだ植栽も貧弱で、樹木も小さいものでした。しかも冬だったのでその寂しさはなおさらでした。その時は現在のような緑豊かな姿を想像することはできませんでした。しかし、今この山を見上げると、すべては当初の計画通りだったのだとはっきりとわかります。設計者たちは10年後を見越していたのです。

いろいろとほめる点はありますが、最後にまとめてみましょう。

・植栽を考慮した建築デザイン
樹木を用いて屋上緑化する場合、その重量や水まわりを考慮に入れて設計をしなければなりません。つまり、後付けで緑化できるものではなく、先に緑化の発想があって設計ができるのです。

・10年20年後を見越した植栽設計
樹木というものは大きく成長するものです。10年20年先に樹木・植栽がどのような景観になっているのかを見越す必要があります。アクロスではこれが成功しているといえます。

・公園も含めたトータルな緑地デザイン
アクロスがもし単独の建物だったら私の評価はもっと低かったでしょう。ビルの谷間の緑地では味気ないものだったはずです。しかし、南側に十分な面積の公園がセットであるために、トータルでの緑地面積はさらに広がり、採光も十分なものとなったのでした。また、上方まで連続して緑があるため、公園側から見ると実際以上に緑があるような印象を受けるでしょう。都会の中で緑を満喫できる空間が出現した効果が確かにあります。また、公園側からのアクロスの眺めはまさに絶景です。

・昆虫が移動しやすいデザイン
屋上緑化においては昆虫の存在というものは普通は無視されているか、害虫扱いされるものです。しかし、植物と昆虫は本来切っても切り離せない関係にあると私は思います。願わくば昆虫と共存できる屋上緑化を、と思っています。アクロスがこのことを考慮して設計されたのかどうかは不明ですが、結果的に昆虫になじみやすい構造になっているのは確かです。植物を枯らすような昆虫の駆除は仕方ないとしても、影響の少ない昆虫ならばこのまま共存させてあげてほしいものです。

アクロス福岡のことをほめすぎじゃないか?、あるいは前回けなしたホタル施設もアクロスも人工的なものであるという点では変わらないのでは?、と思われる方もいるでしょう。しかし、私にとってはこれらは別物です。ホタル施設は、ちょっと勉強すればそれが意味のないもの、むしろ害悪であることがわかるはずのものです。本当に自然保護のことを考えている人ならばホタル施設という結論になるはずはありません。一方のアクロスの方は、かなり考え込んで作られています。もちろん、完璧というわけではありませんが、その思想は何となく私にも伝わってきます。アクロスはもちろん人工構造物です。しかし、都市に新たに大規模緑地を作るという目的がはっきりしています。都市にこれだけの緑を復活させるというのは自然保護の方向性とそれほど違っているわけではありません。

百聞は一見に如かず。福岡に行かれる機会がありましたら一度アクロスに行ってみてください。そして登山してみてください。そうすれば私の言っている意味もわかると思います。


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