いきもの通信 Vol.379[今日の本]知られざる日本の恐竜文化 

Vol. 379(2007/9/30)

[今日の本]知られざる日本の恐竜文化

知られざる日本の恐竜文化
[DATA]
著:金子隆一(かねこ・りゅういち)
発行:祥伝社(祥伝社新書080)
価格:本体800円
初版発行日:2007年8月5日
ISBN978-4-396-11080-2


この本は恐竜の本ではありません。つまり、読んでも恐竜に詳しくなれるとかそういうものではありません。同書で扱っているのは恐竜を取り巻く恐竜文化とか恐竜ビジネスとか恐竜マニアとか、そういう周辺の事柄です。


恐竜ビジネスというと、毎年のように恐竜展が日本のどこかで開催されていますし、恐竜の本もいろいろありますし、時々恐竜を扱ったテレビ番組もあったりします。そういえば最近は恐竜を題材にしたカードゲームも…ということで、結構なマーケット規模があるように見えてしまいます。しかし、現実的には恐竜ビジネスのマーケット規模というのはかなり小さいものです。
同書ではまず、恐竜展を例にしていかに恐竜ビジネスというものがいかに商売として成り立たないのかを説いています。

恐竜ビジネスが成り立たないものだということは、私も実感として知っています。私がアスキーで「マルチメディア図鑑」シリーズを担当していた時、当然ながら恐竜もその題材として取り上げられました。この時は他のタイトルとの兼ね合い上、企画の立ち上げと進行管理しかできなかったのですが、その内容はなかなかの出来だと思っていました。ところが発売してみると、なぜか売れ行きが悪いのです。恐竜は子どもにも大人にも人気だし、恐竜展なんかもよくやっているのになぜ…?、と頭を抱えたものです。「恐竜のマーケット規模というのは意外と小さいのかもしれない」というのが当時の結論でした。
最近かなりの売り上げがあったカブトムシ・クワガタムシを題材にしたカードゲームがありましたが、その続編のような形で恐竜カードゲームが登場しました。ところが、こちらの方はあまり話題になっていないようですね。むしろ女の子向けのカードゲームの方が有名だったのではないでしょうか。おそらくそれを作った会社も「なぜ恐竜では売れないのだ?」と頭を抱えていることでしょう。私も、カードゲームによって恐竜ビジネスにブレイクスルーが起こるかも、とちょっとは期待していたのですが、現実にはやはり難しいことだったようです。


さて本の方に話を戻しますと、同書にはこの他にも一般人には意外な恐竜事情がいろいろ紹介されています。これには驚かれる方が多いでしょうが、どれも本当のことです。
恐竜学者になるのは非常に困難というのも本当です。
恐竜学を学んでもそれを活かすポスト(職業)がほとんどないというのも本当です。
詳しくは同書を読んでご確認ください。

同書はいろいろ雑多のことが書き連ねてあり、時々疑問に思う箇所が出てくるのですが、それについても補足がされていたりするので、あえて私があれこれいうことはあまりありません。
ただ、これはやはり変だろう、と言わざるを得ないこともあります。
同書では「オタク」についての言及がたびたびされていますが、著者にとってのオタクの定義は、一面的であると言わざるを得ません。著者にとっての「オタク」とは、「その道を極めた人々」という肯定的なものです。「オタク」を変人のように扱うマスコミなどに比べればまともな見解ではありますが、著者は本当にコアなマニアだけしか「オタク」と見なさない、非常に狭義の定義をしています。
近年では、「ライトオタク」とか「ライトユーザー」と言われる「ライト層」(つまり「ディープ」「マニア」の逆)が非常に広がり、そういった軽い気持ちで集う人たちがオタク市場を支えています。例えば、人よりも漫画を読む量が多いとか、フィギュアを買い集めているとか、テレビゲームに費やす時間が多いとか、その程度でも「オタク」の仲間入りができる時代になっているのです。本当にコアなオタクから見れば、そのようなライト層は神聖な領域を侵す雑魚のようにしか見えないでしょう。しかし、ビジネスを考える上ではそういった層も対象にしなければなりません。コアな人を相手にするだけでは市場を狭めることになってしまいます。
同書の著者は、恐竜を本当に理解しているのはコアな恐竜オタクだけ、という書き方をしており、ライト層に対しては非常に冷淡な態度を示しています。ライト層には恐竜のことなんかわかるまい、ライト層はお断り、といった感じなのです。これは自ら恐竜ビジネス市場を小さくするようなものではないでしょうか。「恐竜ビジネスはもうからない」というのは、自らが客を遠ざけてきた結果なのではないでしょうか。
私が扱っている「動物」の世界も、本当にコアなマニアというのは限られているものです。また、市場規模もそれほど大きいわけではありません。ですから恐竜の場合の事情もよくわかります。しかし、ライト層は軽蔑するような対象ではありません。それが大きいものであれ小さいものであれ同じベクトルを共有している仲間ではないか、と私は思うのです。少しでも興味を持ってくれる人たちがいるのなら、彼らをつなぎとめ、話題を提供し、誤解を解消するというのは必要な仕事なのです。確かにライト層は理解が浅く、時には勘違いをすることもあります。それでもていねいに語りかけていくことが市場の維持のためにも必要なことではないのでしょうか。それを放棄するような著者の立場には傲慢さを感じます。

同書を読むと、「オタク」の定義があまりに狭いために戸惑う方がいるかもしれませんが、これは深刻に考えるようなことではありません。著者のオタクの基準というのは、言ってみれば「俺基準」であり、1950年代生まれのSFオタクが基準になっていますので、世代が違う人には理解ができなくても当然です。私は著者より約10年下の世代ですので、著者の時代感覚もなんとなくはわかるのですが、自分自身の感覚とは明らかに違うものです。私よりも下の世代から見れば、著者の感覚はますますわかりにくいものになるはずです。
ところが、著者はそういうことはお構いなしに俺基準で突っ走るわけですからほとんどの人はついていけないことでしょう。でもそれは読者が悪いのではありません。現状を冷静に受け入れられない著者の方に問題があると見なしてかまいません。そうでもしないと読後感が悪過ぎです。

同書を読まれた方の中には、なにか不愉快な気分が残った人も少なくないことでしょう。それは、同書の中身のほとんどが愚痴と恨み節と自慢話の羅列であるせいです。まあ、これを面白がって読める人もいるでしょうが、楽しめなかった人には苦痛だったでしょう。ただし、この本に書かれた恐竜ビジネスに関するあれこれは正しいものです。これから恐竜で何かもうけてやるか、と考えている人はまず同書を読んで、よく考えてみることをお勧めします。


ところで、同書で著者は、まともな恐竜イラストが非常に少ないことをなげいており、その原因についてもいろいろと書いています。そこで書かれていることもまた本当のことですが、イラストレーターである私自身からちょっと補足することにしましょう(以下は同書を読んでおいた方が話はわかりやすいかもしれません)。
現在の日本では、そもそもリアル・イラストレーションははやりません。なぜかというと、写真やビデオが非常に発達したために、リアルなイラストの価値が相対的に低下したからです(これは写真が普及した20世紀に、美術がリアル画から抽象画へと重心が移行していったことを反映しています)。苦労して本物そっくりに描くよりも写真でいいじゃん、ということです。
そして最近の日本では、対象をデフォルメあるいはキャラクタライズしたものの方が「オリジナリティある」と評価されるような状況になっています。さらに言えば、オタク文化のメインストリームである美少女を描いた方がよっぽど受けることでしょう(売れるかどうかは別として)。今どきリアル・イラストレーションに取り組む人などよほどの物好きなのです。こういう時代では優れた恐竜イラストはなかなか現れないのは当然です。
著者はこの状況にはとても不満らしく、「腐り果てた商業イラストレーション」と書いていますが、それは自己中心的な見方でしょう。商業イラストレーションの世界は恐竜を中心に回っているわけではありません。超マイナーなジャンルの中でどんなに叫んだところで、そんな特殊な需要にいちいち耳を傾けることはないのです。

また、著書は恐竜イラストにはパクリが多いと言いますが、近年は著作権意識が高くなってきたのであからさまな模倣はできなくなっています。ちゃんとした出版社なら、自らが模倣することにも、模倣されることにも目を光らせています。あからさまな模倣は裁判沙汰になりかねません。これは私自身の体験ですが、私が描いた動物画がほとんどそのまま見事にトレースされた事件がありました。これについては出版社同士で話し合いが持たれ、模倣した側がペナルティを負うことになりました。自浄機能がまったく機能していないわけではないのです。

イラスト仕事はギャラが安く、納期が短い、という指摘は本当です。これは非常に困ったことです。ただ、著者ほどの人物ならば、ぶーぶー文句ばかり言いっ放しにせず、もちょっと建設的な提案をしてほしかったです。

恐竜イラストのクオリティーが低いのは、イラストレーターの力量や勉強の不足のためであるのは否定できません。これを少しでも補うのは編集者の仕事です。編集者が恐竜や動物のイラストを発注するならば、それについての資料を多数集めて提供し、構図やポーズなどについても指定していく必要があります。発注すればイラストレーターが自動的に描いてくれるというものではありません。この編集者の仕事は非常に重要で、これがイラストの出来を左右することもあります。
(私の場合は、動物の資料は既に持っているか、資料へのアクセスの方法を知っているので編集者に頼ることはあまりありません。ですが、「シンカのかたち 進化で読み解くふしぎな生き物」のようにマイナー生物ばかりが登場する場合は別で、この時は編集者・執筆者に詳細な資料を送るよう要請しなければなりませんでした。編集者・執筆者様、ご協力ありがとうございました。)
しかし、日本において編集者は「深く狭く」よりも「広く浅く」を求められるため、ある分野に特化するというのはなかなか難しいものです。出版社という組織の中では特に難しいでしょう。これはつまり、編集者がきちんとイラスト/イラストレーターを管理監督できないということです。
編集者があてにできないならば、それを補うのは執筆者の役目にならざるをえません。執筆者はその道に詳しいはずですから、いろいろな資料を持っていて当然です。恐竜のイラストのクオリティーが低いというのは、イラストレーターだけの責任ではなく、編集者の責任であり、執筆者の責任でもあるのです。つまり、恐竜出版をリードしてきた同書の著者にも少なからざる責任があるということではないでしょうか。

もちろん、イラストレーターに大きな責任があるのは当然です。
最近の日本のイラストレーターはモノを正確に描くことができなくなっているのではないかと私も不安になります。ゆがんだ曲がった線、誇張した描写がもてはやされる現状では仕方ない面もありますが。
動物イラストについて言えば、「モルフォロジー」の視点が明らかに欠けていると言えます。モルフォロジーについては別のところで書いているのでそちらを見ていただくとして、モルフォロジーの知識を持てば、あるいはモルフォロジー的な思考方法を身につければ、恐竜に限らず動物のイラストで大失敗をすることはないと思います。


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