Vol. 382(2007/10/21)

[今日の事件]チンパンジーのテレビ出演はなぜ問題なのか

まず、今回の事件のニュース・ソースはこちらです。
http://www.j-cast.com/2007/10/12012189.html
(J-CASTニュースより)
他社は報道してないのでしょうかね? 何社かは報道したようですが、全国紙ではまだのようです。

今回の事件の概要はこのようなものです。
2007年10月11日、フジテレビ系で「チンパンニュースチャンネルSP」という番組が放映されました。
この番組に対し、「アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い」(SAGA)が抗議をしました。また、環境省も問題のチンパンジーを飼育している「市原ぞうの国」に対して「繁殖のための適切な飼育をするように」と指導しているようです。

「アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い」のホームページはこちら。

さらに補足として、「いきもの通信」での過去の関連記事を挙げておきます。

Vol.223[今日の事件]テレビ番組のオランウータンが出演降板/演芸動物に頼る動物番組の構造

Vol.237[今日の勉強]絶滅の危機の指標、ワシントン条約とレッドリスト/ワシントン条約について

Vol.238[今日の勉強]絶滅の危機の指標、ワシントン条約とレッドリスト/レッドリストについて

さらに補足しますと、チンパンジーはIUCNレッドリストでは「EN」(絶滅危惧1B類)、つまり「近い将来における絶滅の危険性が高い種」というカテゴリーになっています。ワシントン条約では付属書1のカテゴリーで、最も厳しい取引上の制約を受けます。
つまり、チンパンジーはこのままでは絶滅する可能性が高く、野生生息地の保護はもちろんですが、飼育下の個体も適切な繁殖計画のもとで管理して、もしもの時(つまり野生絶滅の時)のために生態や飼育方法、繁殖方法の研究をしておく必要があるのです。

以上のことを頭に入れていただいた上で話を進めます。


「チンパンジーがテレビに出るのが悪いことなの?」と思われる方は少なくないでしょう。ですが、チンパンジーの現状を考えるとそんなことをしている場合ではないだろう、ということなのです。チンパンジーのテレビ出演が、保護の役に立つとか、その生態を知ってもらうための教育効果・広報効果がある、というのならまだ許容はできるかもしれません。それでも適切に飼育されていることが前提です。
今回のテレビ番組は私は見ていないのですが、抗議があったところを見ると、どうも保護などには無関係な使われ方をしたようです。「アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い」の主張によれば、

「1)チンパンジーの心身の健全な発達のために適切なケアが最重要視されるべき幼少期に、母親や仲間の個体からひきはなされ、長距離の移動や、不自然な姿勢や行動を伴う長時間の撮影など、心身に多大なストレスを被る状況に置くことは、避けるべきである。
2)放映されるチンパンジーの姿は、過度な擬人化がなされ、また、いたずらに滑稽な側面が強調されるなど、チンパンジーの本来の姿を大きく歪めるものであり、かれらの正しい理解への著しい妨げとなる。科学的にみても不適切な情報を提示することになる。
3)「絶滅の危機に瀕した種」であるチンパンジーをテレビ番組のショーやコマーシャル出演に供すべきではなく、希少種の繁殖と研究、動物園における教育的展示の対象に限定すべきである。」

ということです。
なお、これはチンパンジーがテレビに出るのがダメ、ということではありません。野生下のチンパンジーを無理ない方法で撮影したものならば問題はありません。チンパンジーに不自然なことをさせるのがダメなのです。

「なぜチンパンジー(あるいは類人猿)の時だけ騒ぐのか? 他の動物はどうでもいいのか?」という疑問もあることでしょう。
これは、チンパンジー以外の動物では起こりにくい事態であるため、他の動物ではあまり問題にならのです。逆に言えばチンパンジーだと特に目立ったことになってしまうのです。
テレビ出演のために演技させられたり(チンパンジー当人は「演技」とは認識していないだろうから「行動を強制されたり」と言うべきか)、長時間拘束されたりするような例は他の絶滅危惧動物ではあまり見られませんよね。イヌやネコがテレビに出るのは絶滅の危機でもなんでもないので問題はないのです。ただし、イヌやネコなどでも長時間の拘束や演技の強制などは問題がないわけではない、という考え方もあります。

「なぜ環境省がしゃしゃり出てくるのか?」という疑問については、「種の保存法」の担当の官庁だから、というのが答えです。「種の保存法」はワシントン条約に対応する国内法です。以前は経済産業省が担当だったはずですが(輸出入に関係することがらであるため)、いつの間にか環境省に変わっていたのですね。
ワシントン条約は国際的に守らなければならない約束ですので、それに違反するようなことは取り締まらねばなりません。チンパンジーのテレビ出演はグレーゾーンではありますが、あまり望ましいこととは言えません。日本は象牙とかべっ甲とか商業捕鯨とかで国際的に信頼が高いとは言いにくい状況です。その評判をさらに落とすようなことは避けたいでしょう。

※参考として環境省「種の保存法の解説」をご覧ください。


次は、上記記事中の「市原ぞうの国」側のコメントについて、私からもコメントをしてみましょう。

・「TVに出ることは何のストレスもない。それどころか、大好きなんです」

→そういう生活にさせてしまったのは「市原ぞうの国」の責任。他の個体と共に生活させていれば、また違った生活ができたはずどせ。現状はチンパンジーの自然な姿からかけ離れすぎています。

・「メディアに出なければ、皆さんの興味が無くなってしまうだろう」

→それならば野生下のチンパンジーを映したドキュメンタリー番組の方がより適切です。バラエティー番組で不自然なことをやらせても正しい理解は得られません。
それよりも、テレビに出演させるということは出演料目当てか動物園の宣伝が目的ではないのでしょうか。

・「あんなに賢いのに、動物園で見るだけでは『檻をガチャガチャやってる動物』などの間違った理解になってしまうことにもなりかねない」

→これも上と同じことです。正しく理解してもらいたいならばこのような番組は適切ではないのでは? テレビで芸人まがいのことをさせられている姿がチンパンジー本来のものとは思えません。


次に「アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い」についてです。
このような団体の世間的なイメージは「よくわからない、あやしげな、ヒステリックな人たちの集まり」といったところでしょうか。確かに愛護団体の一部にはそのような傾向が見られますが、まともな団体も少なくありません。それを見分けるには団体の活動歴を分析するしかありません。

では、「アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い」(SAGA)のホームページを見てみましょう。
提言者や世話人の名前を見ると…おおー、そうそうたる学者の方々がずらりと並んでいるではありませんか。こ、これはすごい。しかも現在の事務局代表者は松沢哲郎・京都大学霊長類研究所所長です(松沢氏は、チンパンジーに言葉を学習させる研究で有名な方です。テレビなどでご覧になった方は多いでしょう)。この名簿を見れば、SAGAは主に研究者が主導する団体であることがわかります。京都大学関係者が多いのは京都大学霊長類研究所があるからで、大学が組織ぐるみで何かをやっているのではありません。
このような団体に不信感を持たれる方は少なくないかもしれませんが、明らかにSAGAは狂信者の集団ではありませんし、どこかに圧力をかけて利益を得ているような団体でもありません。今回のような抗議活動をしても金銭的利益はまったくないんじゃないでしょうか。
もっとも、SAGAの方もより詳しい広報をした方がいいのではないかと思います。野生チンパンジーの現状、繁殖計画の実態、飼育方法の問題点などなど…専門家には周知のことがらでも一般の人はそんなことを知らないわけですから、とんでもない意見やらデマやらが飛び交うことになるのです。ホームページにそういったコンテンツを掲載すればずいぶんと印象が変わると思います。


以上を読んでいただければ、今回の事件についてより理解できることと思います。こういったことを知らずにああだこうだ言ってもピント外れなだけです。
J-CASTニュースは、記事としては状況をきちんとおさえている内容ではあるものの、もうちょっと踏みこんだ解説がほしいものです(例えばワシントン条約についてとか野生チンパンジーの現状についてとか)。まあ、字数の制限とかあってあんまり詳しく書けないといった事情があるのだろうとは思いますし、記者もこの方面の専門家ではないでしょうから期待しすぎるのも酷です。
今回のような動物事件の場合、まず参考にしてほしいのは専門家の見解です。専門家は普通の人が知らないような知識・情報を持っており、耳を傾ける価値があります。もちろん、専門家に賛同できないという意見もあって当然ですし、専門家の中にもトンデモな人もいるわけで、最終的な判断はそれぞれの人にゆだねられます。
今回の事件に関しても、SAGAをはじめ類人猿研究者の見解をまず参考にすべきだと私は考えます。「市原ぞうの国」も動物園なのだから専門家と言えなくもありませんが、チンパンジーに関しての総合的な知識と経験はSAGAの方に軍配が上がります。それ以前に、「市原ぞうの国」は動物を見世物のように扱っていることに不信感を持たざるを得ません。


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