今回は現在のタヌキではなく、昔のタヌキについての話です。
現在、東京都23区内にタヌキが生息していることは既によくわかっている事実です。では、このタヌキたちはいつからそこにいるのでしょうか。開発がされていなかった昔の方がタヌキは多かっただろう、というのは誰でも同意できるでしょう。ただ、残念なことに過去の東京のタヌキの生息分布を調べた研究や記録というものはありません。
それでも一端を知ることはできます。
「東京を騒がせた動物たち」(著・林丈二、大和書房、2004年)という本があります。これは著者が国会図書館に通い、明治時代の東京の新聞を調べ上げ、動物関係の新聞記事(の一部)を紹介した本です。つまり、明治時代の東京都心部の動物相の一部を知ることができる本なのです。当然、タヌキについての新聞記事もありますので、私の東京タヌキの研究には都合のいい本でした。この本は拙著「タヌキたちのびっくり東京生活」でも参考文献として紹介しています。
この本によれば、明治時代には都心部にもタヌキが見られたことがわかります。それどころか、明治8年には銀座でキツネが目撃されているのです。銀座は当時でも人家ばかりの街でしたから、このキツネはおそらく皇居の中から来たのだろうと推測されます。
この本の面白さはタヌキやキツネだけではありません。その他の野生動物、飼育動物、舶来動物までも幅広くカバーしているのです。
舶来動物とはオランウータン(猩々)のことで、見世物として時々輸入されていたようです。
野生動物の中で注目したいのはカワウソです。カワウソというと、現在の日本では絶滅確実と言われる動物です。そのカワウソが明治時代の東京にはたくさんいたようなのです。同書によれば、明治17年、中川河口部の岸に数十頭のカワウソが群れていた、という記事が掲載されています。それからたった100年ほどで全国からカワウソの姿は消えてしまったのです。その原因は、開発や駆除といった人間活動が原因であるのは明らかです。人間の活動が自然生態系に及ぼす影響というのをあらためて考えさせられます。
他にはツルの記事もありますが、これは飼われていたツルが逃げたという話が大半のようです。しかし、その中にはコウノトリらしき鳥の記事もあります。なぜツルではないとわかるのかというと、木の枝にとまったからです。ツルは足指の構造上、木の枝にとまることはできません。明治時代にはまだ東京にもコウノトリがいたようです。しかし、コウノトリも日本では既に絶滅、現在はロシアの血統のコウノトリが兵庫県豊岡市で放鳥されています。
当時の新聞を読むにあたっては少々の注意も必要です。現在では、「新聞記事はかなり正確」とされていますが、明治初期の新聞は瓦版の流れを引き継いだこともあってのことでしょうが、根拠があやしい記事もあります。
例えばタヌキに関連してこういう記事があります。「明け方に巡査が巡回をしていると、大男が歩いてきたので尋問したが何も答えず、飛びつきそうな気配だったのでサーベルで切りつけると大タヌキだった」という話です(p17)。これは明治13年、現在の港区での話。
いくらなんでも非科学的な話ですよね。これは、巡査が偶然出くわしたタヌキを面白半分に切り倒した話を、面白おかしく誇張したのではないかと思われるのですが、いかがでしょう。
同書は、動物という視点から明治時代の東京を見ることができる面白い本です。
次に紹介するのは伝承・民話の本です。
この本は「タヌキたちのびっくり東京生活」を書き上げてから読み始めました。伝承・民話は必ずしも科学的とは言えませんが、中には真実も混じっていますので無視することもできません。例えば「偽汽車」の話がそうです。
「現代民話考 3 偽汽車・船・自動車の笑いと怪談」(1985年)
「現代民話考 11 狸・むじな」(1995年)
いずれも著・松谷みよ子、立風書房です。
このシリーズはちくま文庫でも出ていますが、単行本・文庫ともに現在は入手困難です。
タイトルに「現代」とありますが、おおよそ明治以降昭和までの話が集められています。「民話」というと江戸時代以前の昔話のイメージですが、明治以降にもあります。「都市伝説」は現代の民話と言えるでしょう。
1冊目の「3 偽汽車・船・自動車の笑いと怪談」は、一見するとタヌキと関係が無いように見えます。しかし、「偽汽車」とは前にも紹介したように、その正体の多くがタヌキであることが明確な伝承です。これについては以前にも書きましたのでここでは詳しくは書きませんが、東京の偽汽車の伝承も同書にはいくつか収録されています。この伝承から、過去の東京でのタヌキの生息分布の一端がわかるわけで、東京タヌキの研究には役立ちました。
偽汽車以外のパートはタヌキとはほとんど関係がありませんが、ちょっと面白いことに気づきました。「自動車の怪談話」は現代でも有名な怪談です。一般的なストーリーは、
「タクシーが夜、病院の前でお客を乗せた。運転手がバックミラーで客席を見ると、乗客がいなくなっている。座席を調べるとぬれていた。」
というものです。
同書にはこの怪談のさまざまなバリエーションが掲載されています。それらを読んで思ったのは、「なぜ幽霊はこんなに自動車が好きなのだろう?」ということです(笑)。幽霊は病院で死んで、葬儀が行われている自宅へ帰るためにタクシーを拾うのですが、やっぱり歩いては帰らないんですかね?
ちなみに自動車が登場する前の時代には「人力車の怪談」があり、さらにさかのぼると「かご」でも同じような怪談があるそうです。ちなみに「自転車の怪談」もあります。幽霊は意外と乗り物好きなのかもしれません。しかし、「鉄道の怪談」というのは少なく(偽汽車は別として)、幽霊は鉄道オタクとは言えないようです。
ひとつひとつの怪談はぞぞっとするものの、これだけ大量に大同小異のバリエーションが並んでいると、怖さを通り越してお笑いの世界に突入しそうです。
もう1冊の「現代民話考 11 狸・むじな」は、タイトル通りタヌキ中心の民話集です。その内容は、提灯行列、腹鼓、音まね、弁当泥棒、化ける、タヌキつき、などなど主要なタヌキ伝承が網羅されています。前述の乗り物の怪談が「モダンな」感じのする話が多いのに対して、こちらは伝統的な、古いタイプの民話が大半です。どちらも明治以降が対象なのですが、対比的な内容になっているのが面白いです。
私がこの本を読んだ理由は、やはり明治以降の東京のタヌキの生息状況を知りたいためでした。しかし、「タヌキに化かされて道に迷う」とか「木が倒れる音がした(が、何もなかった)」といった、タヌキが犯人とされているものの、実際はそうとは思えまない話がかなり多いのです。昔は怪異現象はタヌキやキツネや天狗や幽霊などの仕業、と一括処理されていたのでしょう。民俗学的には面白そうなテーマですが、動物学的には重要ではありません。その一方で、明らかに本物のタヌキの生態を反映した話も多くあります。
また、本当にタヌキなのかどうか判断できない話もあります。例えば「タヌキの提灯行列」という話。夜、山などに数十の狸火が現れる、という話です。狐火にも似た話です。これがタヌキの眼の反射光という可能性はありますが、数十というのは多過ぎです。タヌキは徒党を組むような動物ではありませんから。ただ、これが夏の話だとすると、親子10頭ほどの家族が団体で行動するので、提灯行列の話と符合します。タヌキではなく、キツネや他の動物の可能性もあります。動物学的に追求すると面白そうなネタです。
タヌキの話で意外と多いなと思ったのが、「タヌキは尾で戸をたたく」というものです。ええ〜?ホントかなあ〜。動物学的にはそういう話はないと思います。東京タヌキの目撃情報にも類似の話はありません。タヌキがたまたま戸の近くでごそごそやっていて、体が戸に当たって音がする、というのが真実のところかもしれません。
話の真偽はさておいても、全体としては、日本人にとってタヌキとはどういう存在だったのかがよくわかる本です。現在のタヌキというと、間抜けでのろまなイメージですが、民話に登場するタヌキは人をだましますし、時には人を殺すこともあります。「間抜けでのろま」というのは一面的なものでしかありません。
で、東京タヌキについての情報が得られたかというと、「偽汽車」を中心にいくつかがあっただけでした(こちらの巻にも「偽汽車」の話が紹介されています)。全国が対象の本ですから、東京都心に限った話が少ないのも仕方がないことです。
私の関心は、「過去の東京タヌキの生息状況」にあるのですが、その情報源は多くありません。新聞は情報としては信頼度が高いものですが、膨大なストックすべてに目を通す時間はありません。新聞記事のデータベース化が強く望まれます。また、その利用料金も低額であってほしいものです。これは文化的な財産なのですから、誰でも容易にアクセスできるものであるべきです。
また、民話の収集保存も誰かがやるべきことでしょう。民話というものは現在も生産され続けているもので、過去のものではありません。誰かが記録していかなければならないものです。私に送られてくる多数のタヌキ目撃情報は、リアルな話ばかりで民話的ではありません。しかし、何十年か経ってから見直してみると、民話的な色彩があることがわかるかもしれません。現代人にとって戦前の話が「昔話」であるように、です。