Vol. 448(2009/3/22)

[今日の事件]「害獣」とは何か?

先日、「東京タヌキ探検隊!」のホームページのアクセス解析をしていたところ、3月2日に「ハクビシン」でのネット検索が集中していることがわかりました。特定の日に検索が集中するのは普通はありえませんので、何か事件が起こったのではないかと思われました。そこで私自身がネット検索してみたところ、この日ニュース番組でハクビシンが報道されていたことがわかりました。事件の概要は、2月28日、東京都墨田区の民家で、こたつの中にハクビシンが入っていた、というものでした。このハクビシンはいったん屋外に逃げた後に捕獲され、その後、多摩地区で放獣されたとのことです。
このネット検索をした時、ネット掲示板も検索結果にでてきました。それを読んでみると、ずいぶんと勝手な憶測で不正確なことがいろいろと書かれていました。まあ、ネット掲示板というのはそういうものですが…。そんな書き込みの中に「ハクビシンは害獣だから殺してしまえ」というものがありました。また、「ハクビシンは外来種だから殺していい」というものもありました。

日本の法律では、野生哺乳類および野生鳥類を殺すことは原則できません。これは鳥獣保護法で定められています。
では、鉄砲でクマを撃つ猟師はどうなのだ?と思われる方がいるでしょうが、あれは「狩猟」としてやはり鳥獣保護法で認められている範囲のものです。狩猟は期間や場所が厳しく限定されており、いつでもどこでもできるものではありません。また、狩猟には狩猟免許も必要です。
農作物を荒らす場合については、これも鳥獣保護法で「有害鳥獣駆除」として認められています。ただし、これも必要以上の殺傷を認めるものではありません。
今回の事件の場合、農業被害があったわけではありませんから有害鳥獣駆除の対象にはなりませんし、狩猟が許可されることもありません(住宅地では狩猟はできない)。人的被害があったわけでもありません。ですから殺す必要はまったくないのです。もっと正確に言うと、鳥獣保護法では捕獲も禁止していますから、捕まえる必要すらなかったのです。警察に通報する必要もなく(鳥獣保護法を扱うのは東京都(自治体)であり、警察ではない)、家の外に放り出せばそれで問題は解決だったのです。


そもそも「害獣」とは何なのでしょうか?
何らかの害を及ぼす動物(哺乳類)、それが害獣です(鳥ならば「害鳥」)。代表的な害は、前に書いた農業林業被害です。イノシシやニホンザルやクマは畑を荒らしますし、シカは林を荒らします。これは実際に深刻なものです。また、人里に現れたクマが人を襲い、まれに死亡事故になることもあります。これも害のひとつです。ですからこれらの動物はどれも「害獣」と言えるでしょう。
一見、無害のように思えるタヌキも農業害獣です。農作物、特に果実などを食べることがあります。果実を食べる点ではハクビシンも同じです。さらに見ていけば、ニホンカモシカもモグラもネズミもウサギもアライグマも農業害獣です。鳥の場合はカラス、スズメ、ムクドリ、ヒヨドリ、カモ類、ハト類などが主な農業害鳥です。
細かいことまで追求していくと、あらゆる哺乳類や鳥類は何らかの害を及ぼしていると言っていいでしょう。吠える声がうるさければイヌも害獣ですし、フンをされればネコも害獣です。ですから、「××は害獣だ!」と指摘するのは意味がないことです。「××はキャベツの生産に年間××の被害を出している害獣である」というように具体的な被害を述べるのは意味があることですし、問題点を明確にすることができます。
しかし、動物の多くは農業害とはまったく関係なく暮らしています。田畑が荒らされたからといって、遠く離れた山奥のイノシシを殺したところで何の解決にもなりません。無差別に動物を殺すのではなく、被害を食い止めるために最も効果的な方法を最小限で行うべきです。殺さずにすむ方法があればそれを優先的に検討すべきでしょう。
「殺す」というのはわかりやすい対策です。では、害獣なら全部殺してもいいのでしょうか? 地球上からツキノワグマやニホンザルを根絶してしまえばいいのでしょうか? まさかこれに賛成する人はいないでしょう。
そもそも実害が発生していないならば殺す必要はありません。今回のハクビシン事件がそうです。


ところで、「ハクビシンは外来種だから殺していい」と思っている人がいるようですが、これは二重に間違っています。
「外来種だから殺していい」というのは外来生物法のことを指していると思われます。しかし、外来生物法で指定されている「特定外来生物」の中にはハクビシンは入っていません。検討が必要とされている「要注意外来生物」にさえ含まれていないのです。
また、特定外来生物に指定されていたとしても直ちに殺していいというものではありません。防除を行うことができるのは国や自治体などに限られています。個人が特定外来生物をつかまえてたたき殺してもいい、ということではありません。
もうひとつの間違い、それは「ハクビシンは外来種」ということです。大昔の日本にハクビシンがいなかったのは確実です。しかし、いつ日本に来たのかははっきりしていません。確実に記録に残っているのは1940年代だとされていますが、江戸時代にもいたのではないかという説も強くあります。江戸時代の謎の動物「雷獣」がハクビシンではないかと考えられているのです
いずれにせよ国外から来たなら外来種と言っても間違いではない、と思われる方が多いことでしょう。では、平安時代に日本に来た動物も外来種でしょうか? 縄文時代に日本に来た動物も外来種でしょうか? 10万年前に日本に来た動物も外来種でしょうか? そこまで考えるといったいどれが外来種でどれが在来種であるのか、わけがわからなくなってしまいます。
そこで、一般的には明治時代以降に日本に来たものが外来種とされることになっています。外来生物法もこれに従っています。
となると、明治時代よりも前にいたかもしれないハクビシンは外来種かどうかはっきりしないことになるのです。

以上の説明のように、ハクビシンは外来種と断定はできませんし、法律上でも問答無用で殺していい動物でもないのです。


動物が問題を起こすと「殺してしまえ!」と叫ぶ人は必ず現れるものですが、法律の点でも、自然環境保全の点でも原則的に動物の殺傷はできません。もちろん、やむを得ない被害防止のための殺傷を否定するものではありません。
動物は排除すべき対象ではなく、うまく折り合ってつきあうべき相手です。このことが理解できない人というのは相当時代遅れなのではないでしょうか。


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