Vol. 228(2004/7/11)

[今日の展覧会]「日本の幻獣」展(川崎市市民ミュージアム)を見に行った

「日本の幻獣」展(川崎市市民ミュージアム、2004年7月3日〜9月5日)を見てきました。
「幻獣」とは、「不思議な生物」の総称で、カッパや人魚や天狗、近年ならツチノコやヒバゴンといったものを指します。カッパや天狗は「妖怪」のジャンルに含まれることが普通ですが、ここでは「幻獣」に分類しています。同展の図録によれば、「幻獣=生き物」つまり「生まれ、死ぬ存在」となります。妖怪の場合は「生まれ、死ぬ」ということが非常にあいまいです。カッパや天狗にはミイラ=死体が存在するということは、「生き物」として扱うべきものということになります。
この定義はなかなか適切なもので、「妖怪」の視点からは抜け落ちてしまう存在をうまくすくいあげています。

さて、今回の展示の目玉は、カッパや人魚のミイラ!が陳列されているということです。動物を専門にしている私としては、検証をするために足を運ぶ価値がありそうな展覧会というわけです。
ただ、結論から言うと、展示物そのものにはまあまあ満足でしたが、解説の内容にはかなり不満が残るものでした。というのも、解説の内容は展示物を淡々と紹介するだけのものでしかなく、動物学的な深い分析は一切無かったからです。
これらの展示物は、動物学的立場から分析すると興味深いものが見えてくるはずです。ところがそれがまったく無い! これでは普通の見世物とかわりありません。
川崎市市民ミュージアムは博物館というよりも美術館の性格が強いためにこのような解説内容になってしまったのでしょうが、非常に残念なことです。
私は科学万能だとは言い切りませんが、幻獣については科学的な分析はいくらでも可能だと思います。特に、現物が残っているミイラの類は、DNA分析をはじめ各種の科学的分析ができるはずです。「謎は謎のままでもいいのではないか」という意見があるかもしれませんが、幻獣についてはそんなあいまいな立場は私は好みません。

そこで、以下では私が動物学的立場からいくつかの展示物を分析してみようと思います。これから展覧会に行かれる方は、このページを印刷して展示を見るのもいいでしょうし、図録を買ってそれといっしょに読むのもいいでしょう。


以下の番号は図録掲載番号です。

22 鬼退治伝説の遺品(鬼のミイラ)

歯はサメの歯の化石のようです。ただ、並びが微妙にゆがんでいるようですので、大きさがそろった化石を並べたのではないでしょうか。顔全体は左右非対称で、石を掘り出したようにも見えます。角は確かに何かの動物のもののようです。
手の方は、何かの大型動物の手首でしょう。骨の部分は本物の動物のものと思われます。ただし、指のつなぎ方は不自然にも見えます。

24 天狗の爪

サメの歯です。おそらく化石を偶然発見したのでしょう。

32 天狗のミイラ図

この絵は本物を見ながら描いたのではないでしょうか。翼のある人間にも見えますが、前脚の形状はコウモリを思わせる形です。顔の形、そして、ある程度の大きさがあったと推測されることから、オオコウモリ類ではないかと思われます。日本のオオコウモリ類は南西諸島など南方にしかいませんので、本土で発見されたのは珍しいことです。当時は本土にもいたのでしょうか。

50 龍の骨

これは明らかにサメの歯です。実物を見るとすぐわかるのですが、歯の内側に次の歯の列が並んでいます。これは、歯が次々と生えかわるサメに特徴的な構造です。

51 龍のミイラ

解説にも「工芸品」と書かれているところをみると、出来があまり良くない物なのでしょう。全長1mほどの、龍そのものの形をした物です。
これがまがい物であることはすぐにわかります。口からのぞき見える歯、これはずばり哺乳綱食肉目のものです。具体的に言うと、イヌ科の動物、例えばイヌやオオカミ、キツネのもののように見えます。なぜそんなことがわかるのかというと、最近、タヌキの下顎骨(歯も付いているもの)をじっくり見る機会があったからです。このミイラの歯はそれにそっくりなのでした。
歯が偽物とわかれば、その他の部分も他の生物から持ってきたものか、何らかの模造物であることが推測されます。
これは私の勝手な想像ですが、かつて日本には(あるいは今も?)このようなミイラ状物体を製造する技術があったのではないでしょうか。見ただけでは真偽がはっきりしないほどの、かなり高度な技術と言えるでしょう。内部をX線で見たり、DNA分析をすればいろいろなことがわかるのでしょうがねえ。
そういえば、西洋にも似たような物体はありました。そのため、かつてはカモノハシ(カモのようなくちばしを持つ哺乳類)は本物の標本があるにもかかわらず、長いこと実在が疑われていたほどです(標本は偽物だと思われていた)。

他の「ミイラ」にも言えることですが、本物らしく見せるには「歯」がポイントになるようです。どんなミイラでも、歯があると本物っぽく見えることに注意してください。人魚のミイラの歯は魚類の歯らしい、ということもわかってきます。

56 雷獣のミイラ

明らかにネコ!どう見てもネコ!です。脚先をよく見ると、爪がひっこめた状態になっています。
ちなみに「雷獣」とは「落雷の時に天から落ちてくる幻獣」のことで、形状はさまざまです。現代ではあまり知られていませんが、江戸時代にはかなりポピュラーな存在だったようです。
現代の雷獣というと、ポケットモンスターのピカチュウということになりますかね。

79 龍魚

明らかにチョウザメの絵です。そう、キャビアで有名なチョウザメです。
チョウザメの「チョウ」とは腹部側面に並んだ蝶形の鱗に由来します。鱗といい、全体の形状といい、本物を見て描いたのは間違いありません。

82 印旛沼出現怪獣

アシカ類らしき動物が描かれています。現代で言えばタマちゃんみたいなものなのでしょうが、この動物は13人を即死させたという凶暴なものだったようです。全長5mほどとのことですが、実際に測定したものでない限りあてにはならない数字です。自然観察に慣れた人でも、離れた動物の大きさを正確に言い当てるのはかなり難しいものです。
それを前提に解析してみましょう。前脚が長いところを見ると、アザラシ類ではなさそうです。色は全身黒だったようです。すると、ニホンアシカ(現在は絶滅)かオットセイだったのではないでしょうか。褐色系ならばトドという可能性もあります。

83 幻獣尽くし絵巻 悪魚

図は角を持った巨大な人魚といったところです。しかし、文章の方だけを読んでみると別の姿が現れます。大きさ11m、鱗は金銀の色、白い角、優しい顔。大きさは別にすると、これはセイウチなのではないでしょうか。角というのは巨大な牙のことだとすれば納得できます。北極海に生息するセイウチが日本まで来るかどうかという疑問はありますが、そのまれな現象が起こったからこそ記録に残っているのかもしれません。
そういえば、「42瓦版 人魚図」も出現の日付、場所が一致している同じ幻獣です。でも絵はまったくの別物になっていますな。


過去の参考記事

・幻獣を取り上げた回

Vol. 157(2003/1/12) [今日のいきもの]伝承の中の動物たち・その2/カッパ、ツチノコ、夜雀、山犬の正体は?
Vol. 156(2003/1/5) [今日のいきもの]伝承の中の動物たち・その1/やはりキツネは伝承の王様!?

・ツチノコについて

EXTRA 6(2001/11/11) 「季刊Relatio」連載「動物事件の読み解き方」補足 第6回 兵庫県美方町ツチノコ捕獲事件

・動物が見世物として扱われることについて

Vol. 163(2003/3/2) [今日の事件]タマちゃんの住民登録/動物を利用したがる自治体たち


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