Vol. 517(2011/5/15)

[東京タヌキ探検隊!の歴史]
2006〜2008年、東京タヌキ探検隊!の開始
情報収集の安定化へ

2006年、宮本はNPO法人都市動物研究会に参加しました。
都市動物研究会の設立は2002年ですが、その時は参加の誘いはまったくありませんでした。
2006年の時も、なぜ、どういう手続きで私が呼ばれることになったのか今でもよくわかりません。私から参加させろと言ったのではないのです。設立時ではなくなぜこの時点だったのか、なぜ理事待遇なのか、招集の理由は、私の任務は? そういう情報はほとんど与えられずに参加することになったのです。
なお誤解されることが非常に多いので言っておかなければなりませんが、理事だからといって、報酬、研究調査費等は一切ありませんでした。逆に「年会費」を払わなければならなかったのです(1万円程度だったか?)。まったく冗談みたいな待遇です。ただ常勤というわけではありませんから無報酬でも私はかまいませんでした。
しかし都市動物研究会には有償スタッフはいませんでした。NPO法人も「法人」です。無償スタッフだけではまともな運営ができるはずがありません。NPOというと無償ボランティアだけで成り立っているように誤解されがちですが、そんなことでは組織は持続できません。

それはさておき、2006年から2007年にかけては、都市動物研究会ではタヌキの定点観察やアンケート調査(タヌキの目撃情報の収集)を行いました。
これはマスコミでも取り上げられました。2006年4月21日にNHK総合「特報首都圏」(首都圏のみ)で取り上げられました(この番組のテーマは都市に残る自然についてでした)。2006年7月4日には東京新聞に掲載、これは大きな記事で、ネット掲示板にも無断転載されました。2006年10月1日にはNHK総合「ダーウィンが来た!」で放映されました(最初のロケは2006年1月か2月だったように記憶している)。(ただし佐々木氏以外の存在がまったく無視されたような番組内容だったことは残念である。)

「東京タヌキ探検隊!」という言葉と専用のページが「いきもの通信」内に初登場したのは2006年1月で、私が都市動物研究会に参加した時期とほぼ同じです。これは都市動物研究会のタヌキ情報収集に役立てば、と思ったからです。「東京タヌキ探検隊」という名称は、都市動物研究会に参加する少し前から考えていたものです。
「東京タヌキ探検隊!」専用のwebページを作ったことによって、ネット検索に引っかかりやすくなったのは確かです。「検索エンジン対策」が大切であることは以後じわじわと実感していくことになります。

メディアへの露出やホームページ整備の結果、2006年はメールによる情報が多数集まってきました。2006年は21件。それまでの低迷ぶりから考えるとこれは驚くべき成長でした。

タヌキ情報については、2006年に行ったアンケート調査の結果が集まり、また、佐々木氏の持つ目撃情報を聞き取り、宮本が持つ目撃情報の提供を経て、2007年6月に集計をいったん完了、その時点でのデータをまとめて宮本が報告書を書きあげました(調査・集計作業でNPOメンバーの協力を得ていますが、執筆とメッシュ地図の作成は宮本が一手に引き受けました)。これが「東京都23区内のタヌキの生息分布(2007年7月版)」です。東京タヌキの目撃情報の分布を初めて詳細に明らかにした画期的な内容でした。

この報告書はまず都市動物研究会にメーリングリストで提出したのですが、何の反応もない、という不思議な状態になりました。この報告書は当然、対外的に公開されるべきものですが、その指示も一切ありませんでした。

ここで「東京タヌキ探検隊!」に話を戻します。
「東京タヌキ探検隊!」という名称、そしてネットを使っての情報収集活動は、都市動物研究会にゆずってもいいと当時(2006年)私は思っていました。
しかし、都市動物研究会は公式ホームページを作ることに消極的でした。誰が作るのか、誰が運営するのか、ということがはっきりしなかったこともありますが、ホームページの価値と意味を理解していなかったのが大きな理由でした。「個人が都市動物研究会のホームページを作るのはかまわない」という意味不明な方針が示されただけでした。
この状況に我慢できなくなった私は2007年9月にドメイン「tokyotanuki.jp」を取得し、「東京タヌキ探検隊!」の独立したホームページを開設したのでした(独自ドメインになっとことでネット検索での順位がさらに上がることになりました)。
何も指示がなく放置されたままだった2007年7月の報告書は、私の責任で東京タヌキ探検隊!のホームページに公開しました(11月)。

この報告書の目玉は、目撃情報の分布を示すメッシュ地図ですが、そのメッシュ地図がマスコミで最初に報道されたのは2007年12月19日の朝日新聞(東京版)でした。その日、私のPHSには朝から次々とタヌキ目撃のメールが届きました(PHSをメールの転送先にしていた)。続々と届くメールに私は驚きました。こんな経験はそれまでありえなかったからです。その日得られた目撃情報の数は37件でした。1日で得られた目撃情報数はこの時が最多で、以後記録は破られていません。つまりメディアに登場した結果、目撃情報メールが増えた、というのはこの時が最初で最後なのです。これ以降はメディア露出はあまり関係なくなったように思えます。どうも新聞やテレビといった旧来型のメディアの地位が最近は低下しているのではないか、とも思われます。現在重要なのは、ネット検索で上位にいることです。ただし、これも永遠の法則ではないだろうこともわかっています。
ただ、これ以降、メール情報の数は年100件以上をキープし安定しています。この新聞掲載がインパクトがあったのは確かです。


時間を少しさかのぼりますが、2006年後半に、都市動物研究会で本(書籍)を出そうという話が持ち上がりました。2冊のタイトルが想定され、その内の1冊は私がタヌキの本を書くことになりました。というか、いつの間にかそういう話になっていました(私に書かせろ、と主張したことはない)。私の知らない所でそういうことが決まっていくのが不思議なんですが、私としてはありがたい話なので直ちに構成内容の検討に入りました。ちょうどその頃、ある漫画誌に「タヌキでポン!」というタヌキマンガの連載が始まったことを知りました。そのマンガの作者がしおやてるこさんでした。いわゆる「マンガっぽいタヌキ」ではなく「リアルなタヌキ」を描こうとしている点は好感が持てました。宮本自身もイラストを描きますが、できれば文章執筆に専念したいので、しおやさんを起用したいとその頃から考えていました。
しかしなかなか出版社が決まらず、私のつながりでようやく技術評論社で出してもらえることになりました。すぐに編集部経由でしおやさんを召喚し、取材だのあれこれやって、2008年6月に書籍「タヌキたちのびっくり東京生活」が発売されたのでした。
(当時のデータを調べてみると、2007年3月に宮本の企画書、5月にプロット第1稿、8月に本文原稿第1稿ができています。実はけっこう進行は速かったのです。)

ところで、同書は都市動物研究会との共著になっていますが、都市動物研究会の直接の関与はゼロといっていいものでした。もちろん、タヌキの生息分布図は都市動物研究会としての調査結果です。また、過去の話を聞くために佐々木洋氏に聞き取りもしました。それ以外で都市動物研究会からの提供物はありません。文章パートはすべて宮本が執筆している他、写真や図版、一部のイラストは基本的に宮本が提供しています。マンガとイラストはもちろん、しおやてるこさんによるものです。写真の一部はNHKなどによるものです。

実は2007年後半ごろからは都市動物研究会の月例の定期会合も開かれず、タヌキの定点観察もいつの間にか消失していました。そのため本についての相談や意見交換もできない状態でした。実質的に都市動物研究会は機能しなくなっていたのです。
一方で、2007年の報告書完成後も東京タヌキ探検隊!にはタヌキやハクビシンなどの目撃情報が次々と届いていました。こちらは完全に私一人がやっている調査研究です。これはもはや都市動物研究会の成果物ではありません。
しばらく様子を見たものの都市動物研究会が活動をする気配はまったく見られませんでした。2009年後半、私は都市動物研究会に退会届を出しました。
現在、都市動物研究会が何をしているのか、そもそも存続しているのか、私はまったく知りません。


[東京タヌキ探検隊!の歴史]
Vol. 516 1998年〜2003年のまだ全然成果がなかった頃のこと
Vol. 521 2008〜2010年ごろのこと
Vol. 522 予想もしなかった大発見

東京都23区内での最新のタヌキ情報については
東京タヌキ探検隊!
のページをご覧ください。

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